自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ

世界が多極化していく中で日本はアメリカの保護領として生きていくことは出来なくなる、だから(当たり前の)独立するという選択肢を真剣に考えよう。

自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ

伊藤氏は「日本がアメリカの保護領としての環境に安住し、安易な対米依存体制を続けていればすむ時代は終わったのである。そのような時代は、二度と戻ってこないだろう。」と指摘し、「冷戦後の日本には、自主防衛能力と独立した国家戦略が必要」だと結んでいます。

私が伊藤氏の言論に接したのは「西部邁ゼミナール」でした。 この本もその番組の中で紹介していたと思います。
西部邁氏との対談の中でも冷戦後アメリカは一極覇権主義に進んだこと、それに反して世界は多極化構造に向かっていること、その理由はアメリカの国力が衰えていること、そうした状況の中で日本は自立すべきであること を語っていました。
本書ではそれらのことを詳細に解説しています。

トランプ大統領は一極覇権主義路線ではないように思われますが、伊藤氏が言うようにアメリカが衰えて世界が多極化する流れは変わらないのではないでしょうか。 そうした状況の中でアメリカは各国(同盟国)に「アメリカ陣営につくのか中国陣営につくのか」と踏み絵を踏むことを迫っています。
この先はそれぞれの考え方でしょうが、私は中国の属国になることが一番悲惨な結果になると思うし、今までのようにアメリカの家来で居ても安全は守られないとしたら、アメリカが元気なうちに独立の道を進むべきだと考えます。

 伊藤貫(いとう かん)氏はウィキペディアで「日本の評論家、国際政治・米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカワシントンD.C.在住。国際政治学に通じており、19世紀ヨーロッパにおける、勢力均衡を目指す古典的な外交の復活を唱えている。」と紹介されています。

 伊藤貫さんの「自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ」 を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
 興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。

自滅するアメリカ帝国 日本よ、独立せよ 伊藤貫



目次

 まえがき  日本よ、目覚めよ

 第1章 自国は神話化、敵国は悪魔化
人類史上、異例の事態 / アメリカ外交が特異な五つの理由 / 「アメリカは例外的に優れている」 / イデオロギー国家 / キッシンジャーの批判 / 神話創りの“才能” / ヒロシマ・ナガサキの正当化 / 世界百三十二力国に七百以上の軍事基地 / 無知で単純な外交 / プロパガンダとディモナイゼーション

 第2章 驕れる一極覇権戦略
東西二極構造は本望ではなかった / 1990年「日本封じ込め」 / リークされた一極化戦略 / ジョセフ・ナイ「ソフト・パワー」の真実 / 同盟国は「家来と属国」 / クリントンもブッシュも同じ / 民主党はハト派ではない / 本音はつねに隠される

 第3章 米国の「新外交理論」を論破する
皮相な新理論 / イラク侵攻は「ピース」なのか / 理想主義の裏に / ハンティントンが抱いた疑念 / やっぱり歴史は終わらない / 360年の常識を覆す / 大量虐殺を無視するのは何故か / 『産経』と『朝日』、双方が信奉する / アメリカがもたらした七つの厄災

 第4章 非正規的戦争に直面する帝国
時代遅れの振る舞い / ブッシュ演説、三つの問題 / 「チェンジ」しない一極覇権主義 / 非正規的戦争という落とし穴 / ほくそ笑む「中朝露」

 第5章 アメリカ人の“ミリテク・フェチ”現象
夕力派もリベラル派も共鳴する / 「核フェチ」の誕生 / 軍事革命は三度起こった / 肥大するハイテク戦争 / クラウゼヴィッツはこう語った

 第6章 世界は多極化する ―― 中・印・露の台頭
国家のサバイバル戦略とは? / 多極化不可避、九つの要因 / 中国の経済力が世界一になるとき / 日本の「価値観外交」の愚かさ / 帝国はなぜ衰退するのか / キッシンジャーの「悲観的外交論」 / 「日本核武装」の予告 / 『グローバル・トレンド・2025年』報告書 / ナショナリズムの悪夢

 第7章 パックス・アメリカーナは終わった
「世界無比の軍事力」は本当か / 核保有のジレンマ / オバマ「核廃絶」の正体 / テレビの登場が変えた戦争 / 現代の戦争の勝利とは? / イラク戦費は三兆ドル! / QDRの歴史的「告白」 / アメリカは日本を助けられない / 避けられない財政悪化

 終章 依存主義から脱却せよ
軍事力とは何か / 「中朝露」戦略の失敗

 主要戦略家 Who's Who
 


まえがき――日本よ、目覚めよ

 本書の目的は、冷戦終了後にアメリカ政府が作成した一極覇権戦略(Unipolar Hegemonism) ―― 「国際構造を一極化して、アメリカだけが世界諸国を支配する軍事覇権と経済覇権を握る」という野心的なグランド・ストラテジー ―― が、何故、失敗してきたのかを解説することにある。(グランド・ストラテジーとは、最も基礎的な国家戦略のこと。)アメリカの世界支配戦略が失敗した理由を論理的に解説し、21世紀の日本には自主防衛能力が必要であることを説くのが、本書の主旨である。

  ■冷戦下のグランド・ストラテジーとは
 冷戦時代(1947~89年)、世界が二極構造であった時期のアメリカのグランド・ストラテジーは、「ユーラシア大陸の三重要地域(西欧、中東、東アジア)を米軍が支配することによって、ソ連陣営を封じ込めておき、アメリカが世界を支配する」というものであった。そして1991年秋にソ連が崩壊すると、アメリカ政府は即座に次のグランド・ストラテジーを構想した。それは「国際構造の一極化を進める。今後はアメリカだけが、世界諸国を支配する経済覇権と軍事覇権を握る。アメリカに対抗できる能力を持つライバル国の出現を許さない。冷戦終了後も、第二次大戦の敗者である日本が自主防衛能力を持つことを阻止する」というものであった。(この戦略案 ―― ペンタゴンの機密文書 Defense Planningu Guidance ―― は1992年3月、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストにリークされて、国際的なスキャンダルとなった。)
 米政府(民主・共和両党)は、この「世界一極化戦略」を着々と実行していった。アメリカは冷戦期の「西欧・中東・東アジア支配」に加えて、北アフリカ、東アフリカ、バルカン半島、東欧、コーカサス地域、黒海沿岸、バルト海沿岸、中央アジア、南西アジア地域まで、アメリカの軍事的な支配圏に併合していった。ソ連との軍事的対立が終了したのにもかかわらず、米政府は世界の百五十数力所に新しい軍事基地を新設していった。
 しかしこの野心的な拡張主義と覇権主義の結果、アメリカは世界の諸地域 ―― イラク、アフガニスタン、パキスタン、イエメン、ソマリア、ケニア等 ―― で非生産的な軍事紛争に巻き込まれることになり、しかもイスラム教諸国との『文明の衝突』現象まで発生させて、膨大な国力を浪費する結果となった。ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツは、「最近のアメリカの軍事介入の失敗による経済コストは、四兆ドルを超えている」と計算している。1980年代から経済構造が慢性的な資本不足・消費過剰体質になっているアメリカにとって、「世界一極化」戦略は巨大な国富の蕩尽となってきた。
 このアメリカの一極覇権構想が成功しているか否かは、日本の安全保障と国際経済政策にとって、非常に重要な問題である。日本が名目的な「独立」を回復した1952年以降、日本の基本的な国策は、「アメリカの軍事力と経済力が国際社会を安定化させているから、日本は軽武装・経済成長優先の政策を追求していればよい。日本が独立した外交政策や国防能力を持つ必要はない」という対米依存主義であったからである。“吉田外交”“吉田ドクトリン”などと呼ばれてきた国策である。
 自民党だけでなく左翼諸政党も、この軽武装・経済成長優先政策に賛成であった。財務省、経産省、外務省、自衛隊も賛成していた。日本の新聞では最左翼ということになっている『朝日』と最右翼ということになっている『産経』も、この政策に賛成であった。「日本が自主的な外交政策と独立した国防政策を実行するよりも、経済利益の追求を優先させたい。日本の安全保障はアメリカに任せておきたい」と望む点において、表面的には対立しているように見えた親米保守と護憲左翼の間には、暗黙の了解があったのである。(「このような依存主義の国策を何時までも続けることが、独立国として正しいあり方なのか?」という重要な問題は、日本の政界・官界・言論界においてほとんど議論されてこなかった。)
 冷戦後の「アメリカだけが世界を支配する」という一極覇権戦略が本当に実現可能ならば、日本は今後も対米依存体制を続けることができる。米政府が1991~92年、一極覇権構造を創ろうとする野心的なグランド・ストラテジーを構想した時、日本政府がこの戦略案に賛成したのも、その根底には「アメリカが世界を支配してくれれば、日本は周辺諸国と外交的対立や軍事紛争に巻き込まれなくてすむ。日本はこれまで通り、経済利益追求を優先する国策を続けることができる」という他力本願の外交政策思考があったからである。
 しかし冷戦後のアメリカの一極覇権戦略が失敗しているのなら ―― もしくは、優秀な戦略家であるケナン、キッシンジャー、ハンティントン、ウォルツ等が1990年代から指摘してきたように「一極覇権など、最初から無理に決まっている」のなら ―― 、日本は、「アメリカの軍事力と経済力が国際情勢を安定させているから、日本は軽武装・経済優先政策を追求していればよい」という今までの国策を継続するわけにはいかなくなる。その場合は日本にも、インドや中国やフランスと同様、独立した国防能力と(同盟関係の多角化を含む)新しい外交戦略が必要となる。
 その意味において「アメリカの目指してきた一極覇権体制は、はたして実現可能なのか? それとも21世紀の国際構造は、アメリカの意に反して多極化の方向に進んでいるのか?」という問題は、日本の独立と安全と存続にとって、最も重大な意味を持つ問題なのである。アメリカの一極覇権構想が失敗して国際構造が多極化し、2020年代の束アジア地域が「中国優位、米国劣位」の方向に推移していくならば、周囲を核武装国に包囲されて自主防衛能力を持たない日本は、中国の勢力圏に併合されてしまう可能性が高いからである。

 ■「中国封じ込め」は可能か
 中国は最近23年間、4~5年ごとに軍事予算を倍増してきた。歴史的に前例のない大軍拡である。中国が現在のペースで軍拡を続けるならば、「2020年代の中国の実質軍事予算は、アメリカの軍事予算を凌駕するだろう」と予測されている。2012年の中国の軍事予算は公称、約1,000億ドルであるが、CIAと米国防大学は、「現在の中国の真の軍事支出は、2,200億~2,500億ドル・レベル」と推定している。2020年代になると中国の実質軍事予算は、6,000億ドル規模に達するだろうと予測されている。
 その一方、経済が低成長コースに入り、約7,800万人のベビーブーム世代が引退し始めたことにより財政構造の継続的な悪化に悩まされている米政府は、今後十年間の軍事予算を減らさざるをえない状況にある。2011年12月の米連邦議会予算案によると、2014年以降の米軍事予算は4,500億ドル程度となる。連邦議会によると軍事予算の規模は、2020年代初期まで停滞したままになるという。2020年代になるとアメリカは、中東と東アジア地域を同時に支配し続ける軍事力と国際政治力を失う可能性が高い。
 このような財政構造の悪化にもかかわらずオバマ大統領は2011年11月、ハワイ、インドネシア、オーストラリアを歴訪し、「アメリカ外交のアジア・シフト」を宣言した。アメリカの軍事力を、イスラム教諸国からアジア地域ヘシフトするという宣言である。アメリカのマスメディアは、「この歴訪によってアメリカは、中国の拡張主義を封じ込める決意を表明した」と報道した。敗戦後の対米依存体制を何時までも続けたい日本政府は、この「米外交のアジア・シフト」を大歓迎した。
 しかしこの「アジア・シフト」は、本当に実現可能な構想なのだろうか? 米軍は、オバマの主張するようにイスラム教諸国における泥沼化したゲリラ戦争からスムーズに撤退して、その軍事力をアジアにシフトできるのだろうか?  財政構造の悪化により自国の軍事予算を長期的に削減せざるをえないアメリカが、(IMFと世界銀行の予測によると)2015年か16年に世界最大規模の実質経済力を持つようになる中国を「封じ込める」というのは、現実的な戦略思考なのだろうか?
 2009~11年、オバマ政権は毎年、約1.4兆ドルの赤字国債を発行してきた。この巨額の借金財政を継続するため、ガイトナー米財務長官は中国政府に対して「アメリカの国債を購入し続けて欲しい」と懇願してきた。国民の貯蓄率が異常に低く、すでに世界最大の借金国であるアメリカが、「中国政府から毎年、巨額の借金を繰り返す。その一方で、アメリカの軍事政策が中国の拡張主義を封じ込める」というのは、実行可能な戦略プランなのだろうか?
 本書で詳述するように、1992年に作られたアメリカの一極覇権構想は、現実的なコス ト・ペネフィット分析をせずに考案された楽観的な(自信過剰、野心過剰の)戦略プランであった。2011年秋のオバマ政権の「中国封じ込め」戦略も、それに必要なコストと財源を計算せずに作られた楽観的な戦略構想なのではないか。


アメリカ外交が特異な5つの理由

 1990年代初期、アメリカ政府が一極覇権戦略を採用した経緯を述べる前に、アメリカ外交の特殊性について解説しておきたい。建国以来のアメリカ外交の思想と行動には16~20世紀のヨーロッパ諸国の伝統的な外交政策には見られぬ特殊性が存在しているからである。
 多くの日本人にとって、アメリカとヨーロッパ諸国は「同じ西洋言語を使用し、同じ宗教(キリスト教)を信じ、同じような価値観を持つ西洋文明圏に属する国」と感じられるかもしれない。しかしアメリカ文明の仕組み、そしてアメリカという国のセルフ・イメージと外交政策には、ヨーロッパ諸国には見られぬ奇妙な特殊性が存在してきた。18世紀から20世紀までのヨーロッパ諸国の指導者や知識人にとって、アメリカ外交の論理と行動はしばしば「独善的」と見なされるものであり、伝統的なヨーロッパ外交の思考パターンになじまないものであった。
 (筆者はアメリカとヨーロッパで32年間暮らしており、アメリカ文明とヨーロッパ文明の違いを痛感することが多い。文学、哲学、社会思想、外交思想、経済思想等の分野において、アメリカ文明とヨーロッパ文明は全く別のものである。日本の親米派の言論人には、この違いを理解していない人が多い。)
 例えば19世紀の米英関係は、相互不信に満ちていた。米英間には「アングロ・サクソン同士の連帯感」などという感情は、まったく存在していなかった。同じ言語を使い、同じキリスト教を信じていても、イギリス人とアメリカ人の価値観・世界観と行動パターンは、かなり異なったものだったのである。19世紀のイギリス政界で首相と外相を計25年間も務めたパーマストンは、アメリカの外交政策を「狡猾で不正直」と形容していた。キッシンジャー元国務長官も、「伝統的なイギリス外交とアメリカ外交は、まったく別のものである」とコメントしている。(米英の関係が「スペシャル・リレーションシップ」 ―― 特別に親密な関係 ―― と呼ばれるようになったのは、第一次大戦後のことである。)   
 イギリスの指導者だけでなくヨーロッパ大陸の指導者や言論人たちも、アメリカの外交政策に関して、「何故、他国の歴史や伝統を無視するのか?」、「何故、あれほど独善的な行動をするのか?」という疑問を感じることが多かった。この米欧間の外交思考の違いは二極構造時代(冷戦期)、一時的に表面下に隠れていたが、21世紀になると再び顕在化してきた。最近、ラムズフェルド元国防長官とゲーツ前国防長官が、「ヨーロッパ諸国のNATOに対する貢献が不十分である。ヨーロッパは、もっと積極的に“テロに対する戦い”に参加せよ!」と、ヨーロッパ諸国を公式の席で叱責している。しかし中東情勢に対する判断だけでなく、対露政策、対中政策、通商政策、金融政策においても、米欧間の政策判断には明確な違いが生じてきた。そしてその違いの根底には、「アメリカ人とヨーロッパ人は、まったく違った世界観を持っている」という知的・精神的なギャップが存在しているのである。
 それでは、17世紀から20世紀初頭までの、いわゆる「ヨーロッパ古典外交」 ―― 多極構造の国際社会において、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)の維持を最も重視する外交 ―― と比べて、過去2世紀間のアメリカ外交には、どのような特徴があるのだろうか? 欧米の外交史家はアメリカ外交の特異性として、以下の5つの特徴を挙げることが多い。 ①アメリカン・エクセプショナリズム ― 「アメリカは例外的な国だ、例外的に優れた国だ」という思い込み。 ②国際政治に、アメリカの政治イデオロギーをそのまま持ち込もうとする。他の諸国を、アメリカのイデオロギーを基準として判断し、裁き、処罰し、(時には)破壊する。 ③世界諸国に、アメリカの経済システムと政治制度をそのまま採用させようとする。世界を、アメリカのイメージに合わせて作り変えようとする。 ④アメリカ外交を「美しい神話」に加工・修正して、ひたすら礼賛する。アメリカの外交政策と軍事政策に関して、自己欺瞞する。 ⑤戦争になると「完全な勝利」と「最終的な決着」を求めようとする。異質な国と妥協して平和的に「棲み分け」する ―― バランス・オブ・パワー状態を実現し、その均衡を維持しようとする ―― よりも、異質な国(異質な文明、異質な体制)を完全に破壊してしまおうとする。  以下に、これらの5つの特徴を具体的に解説したい。
  


1990年「日本封じ込め」

 1989年末にベルリンの壁が崩れて東西陣営の対立が終わると、米政府は即座に、「世界を一極構造にして、アメリカだけが世界を支配する。他の諸国が独立したリーダーシップを発揮したり、独自の勢力圏を作ろうとすることを許さない」というグランド・ストラテジーを作成した。ブッシュ(父)政権のホワイトハウス国家安全保障会議が、「冷戦後の日本を、国際政治におけるアメリカの潜在的な敵性国と定義し、今後、日本に対して封じ込め政策を実施する」という反日的な同盟政策を決定したのも、1990年のことであった。
 
(筆者は当時、「ブッシュ政権は日本を潜在的な敵性国と定義して、『対日封じ込め戦略』を採用した」という情報を、国務省と国防総省のアジア政策担当官、連邦議会の外交政策スタッフから聞いていた。ペンタゴン付属の教育機関であるナショナル・ウォー・カレッジ〔国立戦争大学〕のポール・ゴドウィン副学長も、「アメリカ政府は、日本を封じ込める政策を採用している」と筆者に教えてくれた。)
 ブッシュ(父)政権が、レーガン政権時代に国防総省からの強引な要求によって決定された自衛隊の次世代戦闘機の日米共同開発合意を一方的に破棄・改定したり、日本に対して国際通商法(GATTルール)違反のスーパー301条項を適用して、米製品を強制的に購入させる「強制貿易」政策を押し付けてきたりしたのも、「アメリカが支配する一極構造の世界を作るためには、“潜在的な敵性国”である日本を封じ込めておく必要かある」という戦略観に基づいたものであった。
 当時のアメリカ外交に関して優秀な国際政治学者(リアリスト派)であるケネス・ウォルツ教授(カリフォルニア大学バークレー校とコロンビア大学)は、「ソ連が没落してアメリカに対抗できる国が世界に存在しなくなったため、米政府は傲慢で自己中心的な外交政策を実行するようになった……カントやニーバーが指摘したように、国内政治であれ国際政治であれ、一旦、絶対的な権力(覇権)を握ると、どこの国も不正で腐敗した統治行為を行うようになる。アメリカが一極構造を作って世界中の国を支配しようとすれば、そこに権力の濫用と権力の腐敗現象が発生するのは当然のことだ」(Realism and International Politics)と述べている。
 公式の席では日本に対して、「日米同盟は、価値観を共有する世界で最も重要な二国間同盟だ」とリップ・サービスしておきながら、実際には日本を“潜在的な敵性国”とみなして強制的な貿易政策を押し付けてきた1990年代のアメリカ ―― ブッシュ(父)政権とクリントン政権 ―― のやり方は、ウォルツが指摘したように「権力の濫用と腐敗」を体現したものであった。


リークされた一極化戦略

 アメリカの「世界一極化」グランド・ストラテジーがホワイトハウスと国防総省の内部で真剣に討議されたのは、1990年と91年のことであった。この「世界一極化」グランド・ストラテジーを構想する際、米政府は、アメリカの重要な同盟諸国と何の協議も行わなかった。この新しい戦略案は同盟国のアメリカに対する信頼感を裏切る内容となっていたため、米政府は同盟諸国に、一極覇権戦略の内容を知られたくなかったのである。「世界一極化」戦略の内容が最も具体的に描写されたのは、1992年2月18日に作成された「1994~99年のための国防プラン・ガイダンス」(DPG:Defense Planning Guidance for the Fiscal Years 1994~1999)というペンタゴンの機密文書においてであった。チェイニー国防長官(当時)とウォルフォウィッツ国防次官(同)は、この機密文書の戦略構想に承認を与えていた。DPGの内容を知ることを許されていたのは、統合参謀会議のメンバーと陸海空海兵隊・四軍の最高幹部だけであった。
 ところがこのDPGが作成された三週間後、何者かによってこの機密文書の内容がニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙にリークされてしまった。この文書をリークした人物は、「この戦略案は非常に重要なものである。したがってアメリカ国民はその内容を知るべきである」と判断して、リークしたという。1992年2月のDPGの中で最も重要なものは、以下の7項目であった。
 ①ソ連崩壊後の国際社会において、アメリカに対抗できる能力を持つ大国が出現することを許さない。西欧、東欧、中近東、旧ソ連圏、東アジア、南西アジアの諸地域において、アメリカ以外の国がこれらの地域の覇権を握る事態を阻止する。
 ②アメリカだけがグローバル・パワーとしての地位を維持し、優越した軍事力を独占する。
 アメリカだけが新しい国際秩序を形成し、維持する。そして、この新しい国際秩序のもとで、他の諸国がそれぞれの“正当な利益”を追求することを許容する。どのような利益が他の諸国にとって“正当な利益”であるか、ということを定義する権限を持つのは、アメリカのみである。
 ③他の先進産業諸国がアメリカに挑戦したり、地域的なリーダーシップを執ろうとしたりする事態を防ぐため、アメリカは他の諸国の利益に対して“必要な配慮”をする。アメリカが、国際秩序にとって“害”とみなされる事態を修正する責任を引き受ける。何が国際秩序にとって“害”とみなされる事態であるか、ということを決めるのはアメリカ政府のみであり、“そのような事態を、いつ選択的に修正するか”ということを決めるのも、アメリカ政府のみである。
 ④アメリカに対抗しようとする潜在的な競争国が、グローバルな役割、もしくは地域的な役割を果たすことを阻止するための(軍事的・経済的・外交的な)メカニズムを構築し、維持していく。
 ⑤ロシアならびに旧ソ連邦諸国の武装解除を進める。これら諸国の国防産業を民生用に転換させる。ロシアの所有する核兵器を、急速に減少させる。ロシアの先端軍事技術が他国に譲渡されることを許さない。ロシアが、東欧地域において覇権的な地位を回復することを阻止する。
 ⑥ヨーロッパ安全保障の基盤をNATOとする。NATOは、ヨーロッパ地域におけるアメリカの影響力と支配力を維持するためのメカニズムである。ヨーロッパ諸国が、ヨーロッパだけで独自の安全保障システムを構築することを許さない。
 ⑦アメリカのアジア同盟国 ―― 特に日本 ―― がより大きな地域的役割を担うことは、潜在的にこの地域を不安定化させる。したがってアメリカは、太平洋沿岸地域において優越した軍事力を維持する。アメリカは、この地域に覇権国が出現することを許さない。 ― 以上が、DPGの内容の要点である。
 この機密文書の中でアメリカの潜在的な競争国(もしくは敵性国)として描かれていたのは、ロシア、中国、日本、ドイツ、の四国であった。前年に軍事帝国が崩壊したばかりのロシアと二年半前に大安門虐殺事件を起こした中国が、アメリカの「潜在的な競争国・敵性国」と定義されていたことは納得できるが、すでにほぼ半世紀聞も「アメリカの忠実な同盟国」としての役割を果たしていた日本とドイツが、米政府の機密文書において冷戦後のアメリカの潜在的な敵性国と描写されていたことは、「外交的なショック」(ワシントン・ポスト紙の表現)であった。
 当時、連邦上院外交委員会の議長を務めていたジョー・バイテン議員(オバマ政権の副大統領)は、「DPGの内容は、我々にとって“最も親密な同盟国”ということになっている日本とドイツの横っ面を張り倒すようなものだ。米政府は、日本とドイツが国際政治においてより大きな役割を果たすことを阻止するため、アメリカが巨大な軍事力を維持する必要があるという。日本とドイツをこのように侮辱し、敵対視することが、本当にアメリカ外交の利益となるのだろうか」とコメントしていた。


多極化不可避、9つの要因

 21世紀の国際政治の多極化が不可避である要因として、以下9つのものが挙げられる。
  (1)すでに何度か指摘したように、過去三千年間の国際政治に繰り返して顕れた基本的なパターンとは、「ある特定の国が他の諸国を支配できる覇権を握ろうとすると、他の諸国が、その動きをカウンター・バランス(阻止・牽制)する」というものであった。「国際政治の基本的な行動様式は、バランス・オブ・パワー(勢力の均衡)である」と言われてきたのは、そのためである。
 しかるに冷戦後の米政府は、「アメリカが世界覇権を握ろうとしても、他の諸国はそれに抵抗しない」もしくは、「世界諸国は、アメリカによる一極覇権体制の確立を歓迎している」というバラ色の仮説 ―― 御用学者のナイ、オルブライト、ライス等が提唱してきた仮説 ―― のもとに、一極覇権戦略を進めてきた。このような独りよがりの覇権戦略が失敗し、国際構造が多極化してきたのは、当然の帰結であった。
  (2)アメリカの経済力が今後も相対的に衰退していくこと。
 アメリカのGDPは第二次大戦直後、世界経済全体の5割近くであった。しかし1970年には3割に落ち、現在は約2割である。しかも2011年から始まったベビーブーム世代の米国民(約7,800万人)の引退のため、2016年以降のアメリカの財政赤字・経常赤字は、急激に悪化していく。米経済の恒常的な過剰消費・過少貯蓄体質は、今後ますます悪化していく。
 「2020年代の後半期になると米経済の世界経済におけるシェアは15%以下になり、米ドルは国際準備通貨としての地位を失うだろう」と予測されている。経済力の相対的な衰退が続くアメリカが、世界を経済的・軍事的・政治的に支配する能力を失っていくのは、当然の帰結である。
 (3)今後30年間に起きるアメリカの人種構成の急激な変化。
 米国勢調査局の予測によると、2020年代の中頃にアメリカの青少年の過半数は非白人になり、2042年頃に、アメリカ人口の過半数が非白人になるという。この「白人の少数民族化」現象と、非白人(特にヒスパニック人口)の急激な増加は、アメリカの経済、社会、教育、犯罪、福祉等の諸政策に、非常に大きなインパクトを与える。
 今後、国内の諸問題が「複雑化」かつ「深刻化」していくアメリカは、対外政策において、「アメリカが世界を支配する」というアグレッシヴな覇権戦略をギブ・アップせざるをえなくなる。アメリカの人種構成の急激な変化も、国際構造の多極化を進める原因となるだろう。
 (4)冷戦後のアメリカの外交政策と軍事政策にみられる顕著な偽善性とダブル・スタンダードのため、アメリカ外交が知的・道徳的なクレディビリティ(信憑性)とレジティマシー(正統性、正当性)を失ったことも、国際政治の多極化を進める原因となっている。
 最近の米外交の特徴となった偽善とダブル・スタンダードを批判してきたのは、反米的な傾向の強いロシア政府やイスラム教諸国だけではない。アメリカの外交論壇の保守派の賢人たち ―― ケナン、ウォルツ、ハンティントン、ホフマン、ミアシャイマー、スミス、カレオ、ベーセビッチ、ジャービス等 ―― も、民主・共和両党の外交政策の偽善性とダブル・スタンダードを厳しく批判してきた。国際社会におけるクレディビリティとレジティマシーを失ってしまったアメリカは、「一極覇権」を掌握するのに必要なリーダーシップ能力を持たなくなったのである。
 


「日本核武装」の予告

  キッシンジャーと同様にリアリスト派の大物学者であるケネス・ウォルツも、1990年代の前半期、アメリカの政治家・外交官・金融業者・言論人たちが「世界一極化」の幻想に浮かれていた時、民主・共和両党の一極覇権戦略に冷水を浴びせる議論を展開していた。ウォルツは21世紀の国際構造の多極化が不可避であることを予言し、以下のように述べていた。
 「現在のような一極状態が、長続きするはずがない。国際政治において“一つの国だけが世界覇権を独占的に握り続ける”という状態は、そもそも不自然なのだ。過去の国際政治史を見れば、そのような状態が長続きしないことが分かる。
 “我々は遂に、世界覇権を握った”と勘違いする国は、必ず傲慢で自己中心的な外交を実行し始める。アメリカの勢力圏をさらに拡大しようとする行為が、複数の国との紛争をもたらすことになるだろう。その結果、アメリカの覇権は徐々に衰退していく。皮肉なことに、“自国の覇権を、より一層強化しよう”とする行為そのものが、外交政策と軍事政策の負担と課題を増加させて、覇権国の国力を消耗していくのだ……。
 アメリカは、自国の軍事力を国際公共財として世界平和のために提供している善良な覇権国(Benevolent Hegemon)であるから、他の諸国はアメリカをカウンター・バランスしない、したがってアメリカの世界覇権は長続きする、と主張している者がいる。しかしソ連という絶好の敵役を失ったアメリカが、“何時まで、善良な覇権国として行動し続けるか?”という点に関しては、疑問がある。冷戦終了後の米政府にみられる勝ち誇った態度と自己中心的な行動パターンは、他の諸国から歓迎されているわけではないのだ。世界の諸大国は、権力が一国に集中した国際社会よりも、権力が分散してチェック・アンド・バランス(牽制と均衡)の機能が働く国際社会を好む……。
 二極構造(冷戦)時代の国際関係は、単純で分かりやすかった。今後の多極構造の国際関係は、より複雑であり、不確実性が高いものとなる。今までの西側諸国間の同盟関係も、その親密性と団結性に疑問が出てくるから、今後は流動化していくだろう。二極構造時代にアメリカに依存していた西側諸国は、今後、外交政策と国防政策における独立性を強めていく必要がある。自立する努力をしない国は、その無責任な外交態度をいずれ後悔することになるだろう」(Emerging Structure of International Politics 1993, Structural Realism after the Cold War 2000)
 ウォルツ教授は、多極化・流動化していく国際構造下において、ロシア・中国・北朝鮮の核ミサイルに包囲されている日本は、「自主的な核抑止力を含む自主防衛能力を構築せざるを得なくなる」と何度も明言してきた。キッシンジャーも同じ考えである。しかし、過去500年間の国際政治史を真剣に勉強しておらず、バランス・オブ・パワーの戦略感覚に欠ける日本の政治家・官僚・国際政治学者の大部分は、日本の核保有と自主防衛に否定的である。
 ケネス・ウォルツの「自立する努力をしない国は、その無責任な外交態度をいずれ後悔することになるだろう」という予告は、2020年代 ―― もしくは2030年代 ―― の日本において、現実のものとなるだろう。
 優秀なリアリスト派の学者、クリストファー・レインも、多極化が進んでいく今後数十年間の国際構造の変化は、19世紀後半の国際構造の変化に似たものとなるだろう、と予測している。
 「19世紀中頃の国際政治において、大英帝国の勢力にかなう国はなかった。しかしこの状況は、1880~1900年に急変してしまった。この20年間でイギリスの経済力は、アメリカとドイツ両国にキャッチ・アップされてしまった。しかも東アジアでは新興国・日本が台頭してきた。
 勿論、アメリカやドイツや日本が、一国だけでイギリスに挑戦できるほど強くなった、というわけではない。しかし、大英帝国が無視することのできない実力を持つ幾つかの大国が、ほぼ同じ時期に台頭してきた、という事実が重要なのだ。その結果、大英帝国は、西半球地域においてはアメリカに覇権を譲渡し、東アジアにおいては日本の勢力圏の存在を認める、という形で、自国の勢力圏を縮小させていく対応策を採らざるを得なくなった……。
 今後数十年間の国際政治においても、アメリカがその実力を無視することができない大国(挑戦国)が、幾つか同時に台頭してくるだろう。その結果、国際構造の多極化は不可避となる。二極構造時代にアメリカに依存していた同盟諸国は、今後、自立する動きを強めていかざるを得ない。二極時代のように、アメリカが同盟諸国の外交政策と国防政策を支配する、という状態は続かない。
 今後、多極化していく国際社会において、アメリカの国益と同盟国の国益が常に同一のものである ―― もしくは類似したものである ―― という保証は、どこにもない。冷戦終了後の米政府の気まぐれな政策や一方的な行動は、同盟諸国に対米不信感を抱かせる結果となった。今後、アメリカの同盟国は、“自国の国益は自分で守る”という当たり前の政策を採用するようになるだろう」(Peace of Illusions )
 クリストファー・レインも、ウォルツ、キッシンジャー、ミアシャイマーと同様に、「多極化が進む今後の国際政治において、日本は自主的な核抑止力を持ち、自主防衛能力を構築せざるを得なくなる」と予告してきた。国際構造の多極化と日本の自主防衛能力の必要性は、論理的に直結した議論なのである。二極構造時代の対米依存主義の国策を21世紀の多極時代になってもそのまま続けるのは、非論理的な国家戦略なのである。
 (日本の親米派の“エリート”官僚や国際政治学者が、このリアリスト学派の自主防衛のロジックを無視するのは彼らの自由である。しかし近い将来、そのような無責任な政策によって「痛い目」に遭うのは、ごく普通の日本国民である。戦前と戦後の日本のように“エリート”層に無能な人物が多い国では、素直で真面目な一般国民がいつも「国家戦略の大失敗」の犠牲者となる。)


QDRの歴史的「告白」

 アメリカが人口二千数百万に過ぎないイラクとアフガニスタンの占領に苦労しているという事実によって、米軍の兵力不足が明らかとなった。このため2010年2月に公開されたQDR ―― 4年ごとに発表される、国防政策の基礎的な報告書 ―― では、第二次大戦後初めて、「米軍が二地域における大規模な戦争を同時に戦うのは、不可能である」ことが明記された。
 トルーマン政権以降、歴代のアメリカ政権は一貫して、「米軍がヨーロッパ・中東・東アジアの三重要地域を支配する。これら三地域のうちの二地域で戦争が発生した場合、米軍は二地域で同時に戦争を遂行し、勝利する能力を持つ」と明言してきた。しかし遂に2010年、「アメリカは二地域で同時に大規模な戦争をする能力を失った」と認めざるを得なくなったのである。
 これは日本にとって非常に重要なことである。死活的に重要なことである。日本の基本的なグランド・ストラテジー(=対米依存主義)を根本的に変更する必要性を生じさせる、重要な国際情勢の変化である。
 敗戦国日本は、「アメリカは、世界の二地域で同時に大規模な戦争を遂行する能力を持っている。したがって日本は自主防衛能力を持つ必要はない」という依存主義の国家体制を採用してきた。“吉田外交”とか“吉田ドクトリン”などと呼ばれたこの政策は、「ヨーロッパや中東で大戦争が起きても、アメリカは同時に東アジア地域で大規模な戦争を実行する能力を持っている。したがって日本は自主防衛能力を持たず、米外交に追従していれば良い」というロジックになっていた。
 しかし、アメリカが二地域で同時に大規模な戦争を実行する能力を失っているのなら、日本は自主防衛能力を構築しなければいけないことになる。過去60年間の日本政府の安易で単純な依存主義を継続するのは、不可能となる。より具体的に説明すると、「ヨーロッパや中近東で大戦争が発生した時、中国軍が日本や台湾を威嚇(もしくは奇襲攻撃)しても、アメリカは東アジア地域で中国と本格的な戦争を実行する能力を持っていない。したがって米政府は攻撃的な中国に対して、宥和政策を採らざるを得なくなる」という事態になるのである。
 その場合、アメリカの政治家たちは、「中国に有利、日本に不利」な妥協策を中国に提示して、中国軍との正面衝突を避けようとするだろう。二地域で大規模な戦争を実行する能力を持たないアメリカにとって、これは当然の反応である。そして自主防衛能力を持たない日本は、「アメリカに見捨てられて ―― もしくは裏切られて ―― も、ひたすら泣き寝入りするしかない」という結果になる。「自分の国は自分で守る」という独立国としての最も重要な義務から逃げ続けてきた日本にとって、これは当然の運命である。
 「同盟国に自国の安全保障を任せようとする依存主義の戦略は、根本的に間違いである。すべての独立国にとって最終的に頼りになるのは、自国の国防力と自国民の士気だけである」というのが、国際政治学の主流派であるリアリスト学派の定説である。著名なリアリスト派の学者、スパイクマン(イェール大)、ジャービス(コロンビア大)、ウォルツ、ミアシャイマー等は、「同盟国の約束など、あてにならない。軍事大国が同盟国との条約や国際法を無視しても、処罰されない」と明言してきた。
 実際にアメリカは過去230年間の外交において、同盟国を何度も裏切ってきた。フランス革命時に米仏両国は同盟関係にあったが、アメリカはヨーロッパの紛争でフランスの味方をすることを拒否した。ベトナム戦争の真っ最中の1972年春、アメリカは「民主主義・自由主義の価値観を共有する同盟国」南ベトナムを、冷酷に見捨てる決定をしている。同盟関係というものは所詮、「どちらか一方の国益に都合が悪くなれば、あっと言う間に空洞化してしまうもの」なのである。 “吉田外交”“吉田ドクトリン”と呼ばれた敗戦国・日本の依存主義は、本質的にアンチ・リアリスト的な国家戦略であった。「安易な依存主義を提唱してきた」という点において、日本の護憲左翼と親米保守は「同じ穴の貉」なのである。


アメリカは日本を助けられない

 実は米軍が「二地域で同時に大規模な戦争を実行する」という能力を失ったのは、クリントン政権時であった。すでに述べたようにクリントン政権は、米陸軍の規模を75万人から48万人に減らしてしまった。この時点で米軍は、「ヨーロッパ・中東・東アジア三地域のうちの二地域で、同時に大規模な戦争を実行する」という能力を失っていた。しかし幸か不幸か「冷戦の敗者」ロシアが、エリツィンの失政によって大混乱していたため、「アメリカは世界無敵の超大国だ」というイメージがますます強くなり、米陸軍と海兵隊の兵力規模が急速に縮小していた事実は、ほとんど注目されなかった。
 ブッシュ(息子)政権時になると、「アメリカは、二地域で大規模な戦争をする能力を失った」という情報が、米マスコミに載るようになった。例えば2005年7月のニューヨーク・タイムズ紙は、国防総省官僚の「我々は長期間、米軍は二地域で同時に戦争できると主張してきたが、実際にはそのような能力を失っている」というコメントを載せている。
 同紙の別の記事(2006年10月)は、「リチャード・マイヤーズ前統合参謀会議議長は連邦議会に提出した秘密報告書の中で、“米陸軍と海兵隊は、朝鮮半島で戦争するための兵力を持っていない”と記述している」と報道している。ブッシュ政権が中国の大軍拡と北朝鮮の核兵器増産に対して(日本の国益にダメージを与える)宥和政策を繰り返していたのも、納得できる話である。
 言うまでもなく中国と北朝鮮は、「兵力不足の米軍は、東アジア地域で本格的な戦争ができない」ということを百も承知である。これら二国がアメリカの圧力と恫喝に屈しなかったのは、そのためである。(この事情を理解できない ―― 都合が悪いから、理解したくない ―― のは、日本の官僚と政治家だけである。)
 翌年のワシントン・ポスト紙(2007年3月)は、「陸軍兵士と海兵隊員が不足しているため、アメリカはイランや朝鮮半島で戦争できない。アメリカは、空軍と海軍の能力だけに頼る戦争は実行できない」という記事を載せている。同時期に米陸軍のピーター・シューメーカー参謀総長は、「アメリカの兵力は、アメリカの軍事戦略を実際に実行するには不足している」と議会で証言している。「二地域での大規模な戦争は無理だ」という正直な発言である。
 アメリカが「二地域で同時に大規模な戦争を実行する」という能力を失ったことの深刻な意味に関して、シカゴ大学の軍事学者、ロバート・ペイプは、次のように解説している。
 「アメリカの世界諸地域に対する軍事的なコミットメントは、明らかにコスト過大の状態になっている。冷戦時代のアメリカのヨーロッパ・中東・アジアに対する軍事的なコミットメントを、今後も維持していくのは不可能だ。アメリカの経済規模が世界経済の30%であった時は、これらのコミットメントを維持することができた。しかし現在のアメリカ経済の実力では、無理である……。
 イラクとアフガニスタンの占領に手こずっている米軍は、ヨーロッパから撤退し始めた。ロシア軍がグルジアを攻撃しても、アメリカはその行為を牽制することができなかった。もし近い将来、中国軍が台湾を攻撃した場合、アメリカがそれに対して大規模な軍事介入を実行する能力を持っているかどうか、私は疑問に思う。アメリカはすでに、世界の二地域で本格的な戦争を行う能力を失っているからだ。
 たとえ今後、米軍がイラクからスムーズに撤退できたとしても、アメリカが二地域での戦争能力を回復することはないだろう。アメリカは、グランド・ストラテジーを根本的に考え直すべきだ。ヨーロッパ・中東・東アジアの三地域のうち、アメリカにとって最も重要なのはペルシャ湾地域だ。アメリカは、この地域から撤退することはできない。したがってアメリカは、ヨーロッパとアジアに対する戦略的なコミットメントを低下させていく必要がある。
 アメリカは今後、ヨーロッパとアジアに対する軍事的コミットメントを徐々に減らしていくだろう。アメリカは、地域的な覇権国である中国やロシアと妥協し、協調していく外交を実行する必要がある。リアリスト的な外交政策の視点からは、そのような戦略的対応が必要となるだろう」(Empire Falls)
 ジョージタウン大学の国際政治学者、チャールズ・カプチャン ―― キッシンジャーと親しいリアリスト派の学者 ―― もペイプと同様、「アメリカは、ヨーロッパと東アジアにおける軍事的コミットメントを減らしていき、ロシアや中国と大国間協調外交を実現すべきだ」という意見である。キッシンジャーやカプチャンの構想によれば、将来の東アジアは、アメリカ覇権と中国覇権の「共同管理地域」(コンドミニアム)となるのである。国務省のアジア政策担当官には、この「米中両覇権による東アジア共同管理プラン」に賛成する者が少なくない。 「二つの重要地域で、同時に大規模な戦争を闘う」という能力を失ったアメリカは、「中国が、アジアの覇権国となることを阻止する能力を持たなくなる」(ハンティントン)のである。


「中朝露」戦略の失敗

 最近のアメリカの覇権戦略の失敗を見事に利用してきたのが、大軍拡を続ける中国、核弾頭とミサイルの増産を続ける北朝鮮、勢力圏の再構築と北方領土の軍事基地化を進めるロシアである。中朝露三国は、米政府がイスラム教諸国における泥沼化した戦争で身動きがとれなくなり、東アジア地域における軍事介入能力を失ったことを鋭く読み取って、自国の地政学的条件を強化する政策を実行してきた。
 米政府のアジア政策担当官は日本に対して、「アメリカが中国の勢力圏拡張政策をヘッジ (牽制・相殺)しているから大丈夫だ。日本人は、自主防衛能力を持つべきではない」と述べてきた。しかし実際には、アメリカは中国をヘッジする能力を失いつつある。過去20年間、中国の大軍拡と勢力圏の拡張政策は着々と進んできた。最近ではペンタゴンの高官も、「2020年代になると、アメリカは台湾を防衛する能力を失うだろう」と認めるようになった。ランド研究所も、そのことを認める軍事報告書を出している。
 2011年秋、オバマ政権は軍拡を続ける中国に対抗するため、「アメリカの軍事力をアジア・太平洋地域ヘシフトする」と決定した。しかしアメリカは今後、軍事予算を減らしていかざるをえない財政状況にある。オバマ政権の軍事政策アドバイザーを務めた民主党のマイケル・オハンロン(ブルッキングス研究所)は、「米連邦議会が決めた軍事予算案では、オバマ政権の(中国の脅威から)アジア諸国を守るという約束を遂行することはできない」と明言している。ギルピン(プリンストン大学)が述べたように、「巨額の経常赤字と財政赤字を抱える国が、長期間にわたって海外における覇権を維持することは不可能」なのである。
 日本がアメリカの保護領としての環境に安住し、安易な対米依存体制を続けていればすむ時代は終わったのである。そのような時代は、二度と戻ってこないだろう。中国の大軍拡、北朝鮮の核兵器増産、ロシアの再軍国化、米経済力の衰退、今後30年以上続く米財政構造の悪化、等々の問題は、「日米関係を深化させよ」とか「集団的自衛権を認めよ」などといった単純な政策では、対応できない課題である。日本政府の対米依存主義は、思考力の浅い、間違った国家戦略である。
 キッシンジャー、ウォルツ、ミアシャイマー、レイン等が明瞭に指摘してきたように、21世紀の日本には、(自主的な核抑止力を含む)自主防衛能力の構築と同盟関係の多角化が必要である。日本が独立国としてのグランド・ストラテジーを構想し、実行する知性と勇気を持たないのならば、日本は今後も、核武装した米中朝露四国に弄ばれ続けるだけである。すでに解説したように2020年代になると、財政危機と通貨危機を惹き起こした米政府は、「米軍が、中東と東アジアを同時に支配し続ける」という国家戦略をギブ・アップせざるをえなくなる。その場合、アメリカが撤退していくのは東アジアであろう。中東は石油・天然ガス資源の宝庫であり、しかも国内の政治、金融、マスコミにおけるイスラエル・ロビーの影響力が異常に強いアメリカは、中東地域から撤退できない。
 日本が自主的な核抑止力を構築するために必要な防衛予算は、毎年のGDPの0.1~0.2%程度にすぎない。対米従属体制の継続を主張する親米保守派の言い訳 ―― 「日本には、自主防衛する経済力がない」 ―― は、虚偽である。1950~60年代のインドと中国は、三千万人以上の餓死者を出した極貧国であった。しかし当時のインドと中国の指導者は、「多数の国民が餓死しているから、我が国には自主防衛する経済力がない」という言い訳を使っただろうか。フランスの人口と経済規模は、日本の半分にすぎない。しかし過去半世紀間のフランスの指導者たち ―― ドゴール、ポンピドー、ミッテラン、シラク ―― は、「フランスには自主防衛する経済力がない。我々はアメリカに守ってもらえば良い」と言って、自主防衛の義務から逃げただろうか。
 東アジア地域の地政学的な環境は、今後30年間、着々と日本にとって危険な方向へ推移していく。自国にとってのバランス・オブ・パワー条件がこれ以上、不利で危険なものになることを阻止するグランド・ストラテジーを構想し、実行することは、日本人の道徳的・軍事的な義務である。日本人がこの義務から眼を逸らし続けて、国内の原発問題や年金問題や老人介護問題ばかり議論しているならば、2020年代の日本列島は中国の勢力圏に併合されていくだろう。
 「日米同盟を深化させよ」とか「集団的自衛権を認めよ」などという単純な依存主義の外交スローガンを振り回すだけでは、日本のグランド・ストラテジーとならない。ハンティントン、ウォルツ、キッシンジャー等が指摘したように、「冷戦後の日本には、自主防衛能力と独立した国家戦略が必要」なのである。


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