【 開陽丸 】


開陽丸(かいようまる)はオランダ製の軍艦で、幕末期に江戸幕府が所有していた軍艦の一つです。
慶応4年(1868)11月15日に江差沖で座礁、沈没しました。

平成2年(1990)4月に江差町で復元され、「開陽丸青少年センター」で公開されています。
昭和50年には沈没した開陽丸の船体と遺物の数々が日本で初めての海底遺跡に登録され、海中発掘調査が始まったのだそうです。
これまでに引き上げられた遺物が復元された開陽丸の中に展示されています。
(2007.8.18)
 
開陽丸青少年センター入口。
入口を入った所。向こうに見える扉から外に出ると、左前方に開陽丸があります。
上の画像の扉を出たところに展示してある、引き上げられた船体の一部。
屋外に展示してある、引き上げられた大砲。
左から「12ポンドカノン砲(口径11.6cm)」、「16サンチクルップ砲(口径15.8cm)ドイツ製」、「9インチダルグレン砲(口径22.5cm)アメリカ製」です。
スクリューシャフト。
では、復元された開陽丸に乗り込みましょう。
16サンチクルップ砲
全長:3m35cm、全重:2855Kg、口径:15.8cm、射程:射角4.5度で3983m、装薬2.5Kg、施条有り。
大砲を発射する場面を再現したセット。
船内にあった案内図。
徳川幕府がオランタの造船所に開陽丸の建造を注文した際、「葵の紋」を船に付けるように指示しました。ところが完成した図案は「三ツ葉のクローバー」だったのだそうです。
引き上げられた砲弾。
引き上げられた備品。
その他、引き上げられた様々な遺物が展示されている。
甲板に出て、船首の画像。
甲板の画像。


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