【 松前城(資料館) 】

松前城(まつまえじょう)は、渡島(おしま)総合振興局管内松前町にあった平山城で、福山城(ふくやまじょう)とも呼ばれていました。

Wikによれば次のように解説されています。
1941年(昭和16年)に天守、本丸御門、本丸御門東塀が国宝保存法に基づき当時の国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定されたものの、1949年(昭和24年)6月5日、城跡にあった松前町役場からの出火が飛び火して天守と本丸御門東塀は焼失した。
天守は1959年(昭和34年)から1961年(昭和36年)にかけ、松前城資料館として鉄筋コンクリート造で再建されている。他に、搦手二ノ門(2000年復元)と天神坂門(2002年復元)が再建されている。
創建当時から現存する建築物は本丸御門と本丸表御殿玄関(北海道有形文化財)および旧寺町御門(現在の阿吽寺の山門)のみである。旧国宝の本丸御門は、1950年(昭和25年)の文化財保護法施行後は重要文化財に指定されている。また、曲輪・石垣などもよく残り、旧城地一帯が国の史跡に指定されている。

(2013年8月20日訪問)
 
13:34頃、復元された搦手二ノ門(からめてにのもん)から、再現された天守(松前城資料館)方向です。
再現された天守(松前城資料館)方向です。
上の画像右側に写っているのは、桜前線本道上陸標準木です。
受付をして、
松前城歴史館へ向かいます。
上の画像の受付入口を通った突き当り付近です。「→城内入口」を参考にしてください。
上の画像の、入口の扉から松前城歴史館へ通じる地下道です。
松前城歴史館側です。
1階です。
2階です。
2階です。
2階にあった展示品です。
3階(最上階)です。
3階の展示品、明治20年代の天守閣の写真です。
3階の展示品、焼失前の天守閣1階内部の写真です。
3階の展示品、焼失前の天守閣2階内部の写真です。
3階の展示品、焼失前の天守閣3階内部の写真です。
3階の展示品、焼失する天守閣(昭和24年)の写真です。
3階の窓から海方向を写しました。
3階の窓から、復元された搦手二ノ門(画像中央)を写しました。
1階に戻って外に出ます。
本丸御門(国の重文)の内側です。
本丸御門の外側です。
近づいて写しました。
本丸御門の、昭和24年修理前の写真です。
写している私本人が写り込んでしまいました・・・。

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