【 石見銀山・龍源寺間歩 】

石見銀山(いわみぎんざん)は、大田市にある戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山しています)です。
大森銀山(おおもりぎんざん)とも呼ばれ、江戸時代初期は佐摩銀山(さまぎんざん)と呼ばれました。

2007年7月2日、世界遺産に登録されましたが、「世界遺産に登録されたところが全て素晴らしいのかといえば、そうとも限らない。」というのを再認識しました。もちろん個人的な感想です。

マイカーは石見銀山世界遺産センターに置いて、路線バスで「大森バス停」または「大森代官所跡バス停」に向かいます。
今回は時間の関係で、大森バス停まで行き、そこから龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)まで往復しました。

ここでは石見銀山公園〜龍源寺間歩までをご案内しています。

(2009年9月24日訪問)
 
現地にあった案内板の、石見銀山公園〜龍源寺間歩の案内図です。
こちらは、石見銀山公園〜大森代官所バス停付近の案内図です。
今回は時間が無かったので、こちらには行きませんでした。
15:24頃、石見銀山公園入口です。
ここから、約2Km先の龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を目指して歩きます。
間歩(まぶ)とは、鉱山の坑道のことです。
妙正寺方向です。
西本寺です。
福神山間歩(ふくじんやままぶ)です。
甘南備坑(かんなびこう)です。
15:57頃、龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)の案内所が見えてきました。
龍源寺間歩は1715年に開発された代官所直営の坑道です。
長さは大久保間歩に次いで長く、約600あります。
龍源寺間歩は中に入って見学する事ができる坑道で、通り抜けコースとなっており、途中157mのところから新しく開削した栃細谷新坑(とちばたけしんこう)を通って出口に出ます。<パンフレットから>
明治時代の龍源寺間歩前です。
<案内板にあったもの>
龍源寺間歩の坑道と周辺図です。<案内板から>
16:01頃、では龍源寺間歩入口から坑道に入りましょう。
16:02頃、坑道内です。
ところどころ明るいのは、次の画像のような枝坑をライトアップしている場所です。
16:03頃、枝坑です。
16:04頃、坑道内です。
16:04頃、枝坑です。
16:04、枝坑です。
16:05、枝坑です。
16:05頃、枝坑です。
16:07頃、排水坑です。
上の画像の奥のほうを写しました。
16:11頃、出口へ向かう「栃細谷新坑(とちばたけしんこう)」への分岐点に着きました。
振り返って、ここまで通ってきた坑道方向を写しました。
現地にあった、旧坑道と新坑道の案内図です。
上の画像の「現在地」から、地図上右方向です。
16:14頃、栃細谷新坑(とちばたけしんこう)の出口方向です。
16:15頃、出口に到着しました。
外側から写した、栃細谷新坑(とちばたけしんこう)の出口です。
上の出口のすぐ傍にあった間歩です。

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