【 出雲大社(その2) 】

瑞垣の周囲を歩いてみました。釜社、素鵞社、氏社などの画像です。
2004年2月11日(金)に訪れました。

図の上が北側です。
本殿、筑紫社、楼門などは八足門から続く瑞垣(みずがき)で囲まれています。
以下の画像は、瑞垣の周囲から写した画像です。
八足門から東(図の右方向)へ進み、角を左に曲がったところ、東側の瑞垣です。
釜社(かまのやしろ)。
祭神は宇迦之魂神(うかのみたまのかみ)、保食神(うけもちのかみ)ともよばれ食物全般にわたっての主宰神だそうです。
本殿の北側にある素鵞社(そがのやしろ)。
祭られている須佐之男命(すさのおのみこと)は天照大神の弟で、八岐の大蛇退治の話が有名です。
須佐之男命の6代目の子孫が出雲大社に祭られている大国主神です。
「素鵞社」由緒。
本殿の東側(釜社の対面)にある氏社。
氏社由緒。
<八足門の近くにあった案内板の写真> 平成13年に発掘発見された心御柱の柱根。

平成12年4月、出雲大社拝殿と本殿の間で、直径1m以上の丸木を3本を束ねて1本とした巨大な柱根が発見された。
それは平安時代末のもので、「金輪御造営差図」の3本組の柱と同じ構造、太さも同じで直径3mであった。
発見された柱は、巨大神殿の棟木を支えるための柱(棟持ち柱)、出雲大社では「宇豆柱」と呼ばれる柱に相当すると考えられた。
平成13年7月からはその周辺で、本殿の中心の柱(「岩根の御柱」、今では「心御柱」と言われている)と側柱の調査が開始され、9月に心御柱と側柱が発見された。
しかも、宇豆柱と同様の3本組み。柱の周辺からは巨大な鉄釘やかすがい、帯状の鉄板も出土。
天高くそびえる空中巨大神殿が現実のものとなった。

「金輪御造営差図」とは出雲国造千家家に伝わる平安期の出雲大社本殿の建築状況を伝える図といわれている。
平面図で描かれた本殿は4丈(約12m)四方。心御柱を中心とする9本の柱はすべて、3本の柱材を鉄の輪でひとくくりにして1本の柱として用いていますが、最も細い側柱でも直径1丈(約3m)という巨大さ。本殿に上がるための階段は1町(約109m)と記されている。
<八足門の前にあった案内板の図> 心御柱などの柱と現在の八足門の位置関係。
<八足門の前にあった案内板の写真>  古代神殿の想像図。
心御柱の実物大模型。八足門の前にありました。
八足門の前。御柱があった場所が印されている。

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