【 登呂遺跡 】





登呂遺跡再整備工事が行なわれており、見学できるエリアは一部でした。
工事が終わるのは平成23年の予定だそうです。

 
駐車場にあった遺跡の案内図。
工事中のため、見られたのは、芹沢_介美術館の上に描かれている「復元倉庫」の辺りと水田跡だけでした。
ここ東名高速道路の下にも水田跡が広がっている。この部分は水田地域の南限に近く、一部に堰や下樋(暗渠)の遺構も確認されている。
上の案内図は、上が北で描かれているが、遺跡の南側に東西方向に東名高速が通っている。
水田跡への入口
水田跡(実際の水田跡は地下約1mの所にある)
復元された水田
今から約1800円前の弥生時代の農耕集落である登呂遺跡では、住居や倉庫の跡などとともに稲を栽培した水田の跡が見つかりました。
水田は住居や倉庫が集まっている生活の区域の南東側に80,000uをこえる広い範囲で確認されています。
水田には木の杭や板でまもられた畦道や水路が整然と作られています。
弥生時代の水田跡は、復元した水田の地下約1mに保存されています。(案内板から)
一番上の案内図で、芹沢_介美術館の上に描かれている「復元倉庫」など。
復元倉庫
復元住居
登呂博物館は解体中でした。


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