1984年

全体主義の恐ろしさを疑似体験することができると思います

1984年

 2020年のアメリカ大統領選でトランプは大統領になることができませんでした。
 その原因として、トランプサイドからは大がかりな不正が組織的に行われたとの主張がなされましたが、逆にビッグ・テック、メディア、反対側からは陰謀論だと攻撃されました。
 ネットでもいろいろな解説をするサイトや動画があって、何が本当なのか分からない状態になっていました。

 私はトランプ支持の側であり、トランプ支持の解説をするサイトや動画を見ていたのですが、その中で本書に触れているものがあったように思います。
 今回のアメリカ大統領選を通じて、ジョージ・オーウェルの「1984年」が注目を集めている、というような感じだったと思います。
 「1984年」で描かれている「党中枢」が「ディープステート」に重なるというような意味合いなのではないかと想像していました。
 

 本書を読む前から、全体主義・共産主義の恐ろしさは、歴史的事件や現在でも存在するそのような国に関する報道で想像していましたが、本書を読んで改めて恐怖を再確認しました。
 同時に、そういう体制の中で命を保つためにはどうすれば良いのかも再認識しました。そうすることが良いのかどうかは分からないけれど、抗う自信もありません。

 全体主義・共産主義が人々を統治する方法は、暴力等で強制するか思想的に納得させるかなのだと思います。ほとんどの場合が前者で、後者ならマシに思えますが、従わない場合はやはり暴力か抹殺になってしまうのでしょう。
 全体主義・共産主義が平和裏に成立するとすれば、全ての人が仏になった時だと思います。もっともそうなればどんな制度でも平和と幸福に満ちて成り立つわけでしょうが、そんなことはあり得ません。

 欲を持つ人間が集まって、より多くの人が幸せに暮らすためには全体主義・共産主義より自由主義・民主主義が良いのだろうと思います。
 ついでながら、国境をなくすとかグローバル世界ではなく、文化や習俗が近い人々がそれぞれの国を作ってまとまりつつ、他国となるべく仲良くしているという形の方が良いと思います。
 よく言われることですが「多文化共生」は非現実的で、結局「他文化強制」になり、国ごとに分かれていた以上に自由は制限され、全体主義のようにならざるを得ないように思います。

 ジョージ・オーウェルの「1984年」を紹介したいところですが、小説はネタバレさせてしまうわけにはいかないので、書き出しの数ページをコピペさせていただきました。
 興味が湧いたら、本書を手にしていただければと思います。

1984年 ジョージ・オーウェル (著)、 高橋和久 (翻訳)

 


1984年の書き出し

 4月の晴れた寒い日たった。時計が13時を打っている。ウィンストン・スミスは不快な風を避けようと顎を胸に埋めるようにしながら、ヴィクトリー・マンションのガラス製のドアを素早く通り抜けた。素早くとは言っても、砂埃の渦が自分について入ってくるのは防ぎようがない。
 玄関ホールは茹キャベツとぼろぼろになった古マットの匂いがした。突き当たりの壁に屋内に展示するには大き過ぎる色刷りのポスターが画鋲で留めてある。描かれているのは横幅が1メートル以上もあろうかという巨大な顔だけ。45歳くらいの男の顔で、豊かな黒い口髭をたくわえ、いかついが整った目鼻立ちをしている。ウィンストンは階段に向かった。エレベーターを使おうとしても無駄なこと。万事これ以上ないほど順調なときでさえ、まともに動くことはめったになかったし、まして今は昼間の電力供給が断たれている。〈憎悪週間〉を前にした節約キャンペーンの一環だった。部屋は7階。39歳になり、右足首の上に静脈瘤性の潰瘍ができているウィンストンは、途中で休み休み、ゆっくり階段を登った。階段の踊り場では、エレベーターの向かいの壁から巨大な顔のポスターが見つめている。こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるように描かれた絵の一つだった。絵の下には“ビッグ・ブラザーがあなたを見ている”というキャプションがついていた。
 部屋に入ると、朗々とした声か銑鉄の生産高に関係する数字のリストを読み上げていた。その声は、右手の壁面の一部を形成している曇った鏡のような長方形の金属板から流れてくる。ウィンストンがスイッチをひねると声はいくらか小さくなったものの、ことばがはっきり聞こえてくることに変わりはなかった。この装置(テレスクリーンと呼ばれていた)は音量を下げられても、完全に消音することはできなかった。彼は窓辺に移動した。どちらかと言えば小柄で華奢な身体つき。党の制服である青のオーバーオールはその肉体の貧弱さを強調するだけだった。髪はまばゆいブロンドで、生まれつき血色のいい顔色をしていたが、粗悪品の石鹸と切れ味の悪い剃刀とちょうど終わったばかりの冬の寒さとで、肌が荒れていた。
 外の世界は締め切った窓ガラス越しにも寒々として見えた。眼下の路上では小さなつむじ風が埃や紙切れを渦巻くように舞い上げていた。太陽が輝いてどぎついほどの青空だったが、ここかしこに貼られているポスター以外、すべては色を失っているようだ。黒い口髭の顔が見晴らしのきく街角のいたるところから見下ろしている。真向かいの建物の前面にもそれはあった。“ビッグ・ブラザーがあなたを見ている”キャプションにはそう書かれ、黒い目がウィンストンの目を覗き込むように見つめている。路面に近いところに貼られている別のポスターは隅がちぎれて、風に吹かれて発作を起こしたようにはためいている。その度に一語だけ書かれた〈イングソック〉という文字が見え隠れした。はるか遠方ではヘリコプターか家々の軒先をかすめるように降下し、しばしアオバエのように空中に留まったかと思うと、再び弧を描いて飛び去る。警察のパトロールで、人々の部屋の窓を覗きまわっているのだ。しかしパトロールはたいした問題ではない。〈思考警察〉だけが問題だった。
 ウィンストンの背後では相変わらずテレスクリーンから声が流れ、銑鉄の生産と第9次三ヵ年計画の早期達成についてあれこれしゃべっている。テレスクリーンは受信と発信を同時に行なう。声を殺して囁くくらいは可能だとしても、ウィンストンがそれ以上の音を立てると、どんな音でもテレスクリーンが拾ってしまう。さらに金属板の視界内に留まっている限り、音だけでなく、こちらの行動も捕捉されてしまうのだった。もちろん、いつ見られているのか、いないのかを知る術はない。どれほどの頻度で、またいかなる方式を使って、〈思考警察〉が個人の回線に接続してくるのかを考えても、所詮当て推量でしかなかった。誰もが始終監視されているということすらあり得ない話ではない。しかしいずれにせよ、かれらはいつでも好きなときに接続できるのだ。自分の立てる物音はすべて盗聴され、暗闇のなかにいるのでもない限り、一挙手一投足にいたるまで精査されていると想定して暮らさねばならなかった ―― いや、実際、本能と化した習慣によって、そのように暮らしていた。
 ウィンストンはテレスクリーンに背中を向けたままにしていた。その方が安全なのだ。とはいえもちろん、彼にはよく分かっていたが、背中もまたすべてを隠しおおせるものではない。1キロほど離れた先に、彼の勤め先である真理省か煤で汚れた風景の上に巨大な白亜の塔となって聳えている。これか、と彼は漠然とした嫌悪を覚えながら思った ―― これがロンドン、オセアニアで3番目に人口の多い地域である〈第1エアストリップ〉の首都なのだ。彼は子どもの頃の記憶を必死にたぐり寄せながら、ロンドンが昔からずっとこんな風であったのかを思い出そうとした。朽ちかけている19世紀の家並み ―― 家の側面は梁材で支えられ、窓はボール紙で、屋根はトタン板で間に合わせの補修かされ、ぐらぐらの庭の塀はあらゆる方向に歪んでいる ―― という眺めはずっと前からこうだったのだろうか? 石膏の埃か渦巻くように舞い上がり、瓦礫の山にところどころヤナギランの生えている被爆地のありさまはどうだろう? 爆撃がもっと大きな範囲に及び、そこに鶏小屋のような木造住居が汚らしく寄り合って建っている一帯の姿は? しかし無駄だった。どうしても思い出すことかできない。眩いばかりの光に照らされた劇的な情景が次から次へと何の背景もなく、ほとんど脈絡もなく現われるだけで、子ども時代の記憶は何ひとつ残っていなかった。
  真理省(ミニストリー・オブ・トゥルー)―― ニュースピークでは〈ミニトゥルー〉と呼ばれる ―― は視界に映る他の対象とは驚くほどかけ離れていた。巨大なピラミッド型の建築で、白いコンクリートをきらめかせ、上空300メートルの高さまでテラスを何層も重ねながら、聳え立っている。その白い壁面に優雅な文字によってくっきりと浮かび上がった党の3つのスローガンは、ウィンストンの立つ窓辺からも辛うじて読めた。
  戦争は平和なり
  自由は隷従なり
  無知は力なり
 真理省は地上部分に3千の部屋を持ち、それに対応する分室が地下に展開されていると言われていた。ロンドンには他に同じような外観と大きさの建造物が3棟点在していた。

 原註 ニュースピークはオセアニアの公用語であった。その構造と語源については「附録」参照のこと。  

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