腹黒い世界の常識

日本の常識で世界に対応することは危うい、相手もこちらと同じ考え方だと思ってはいけない・・・。

腹黒い世界の常識

 著者は、まえがきで『国家は侵略以上に自殺によって滅びる。最も警戒すべきは「綺麗な言葉」である。平和、核廃絶、国連、地球環境、差別解消、等々。これらを唱える人々の背後では、常に腹黒い勢力がとぐろを巻いている。目的は日本の弱体化であり、日本を犠牲にした利権の獲得である。』と書き始め、『自殺に追い込まれないため』には『 各種の洗脳を解き、戦闘力を磨かねばならない。』と結んでいます。
 その通りだと思います。

 島田洋一さんの「腹黒い世界の常識」を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
 興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。

腹黒い世界の常識 島田洋一

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腹黒い世界の常識 [ 島田洋一 ]
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目次

 まえがき  002

 第1章 同盟・外交・憲法 015
 1 日本を取り囲む現実 016
同盟とは何か / 国際法違反の「共謀」関係すら結ぶ /  「できない理由を考えない」―― 安倍晋三最後の言葉 /  安倍晋三があえて明かした日本の恥部 / NATOに加盟する資格 / NPT体制への危険な期待 / 米上院の「安倍追憶決議」を読み解く / 安保条約破棄を宣言できるアメリカ / 「対中強硬派」に冷たい岸田外交 / レーガン「力を通じた平和」 / 拉致をめぐる「党内闘争」 / 「自民党有力者」の恐るべき無知
 2 アメリカの本音 048
サダム・フセインに「9条の理念」を説いた結果 / 自衛隊内部からも疑問の声 / 前文は特に必要ない / 実は改憲のハードルの高さは日米でほぼ変わらない / 「尖閣諸島を守る必要はない!」 / 冷たく言い放った米アジア担当者 / アメリカはお人よしではない / 権利はあるが行使できない ―― 世界の非常識 / 重大な禍根を残す憲法解釈 / 拉致被害者「救出」を禁じる憲法 / 不透明かつ安易な最高裁人事 / 民間人に多大な犠牲を出す専守防衛 / アメリカ軍が敵に変わるという現実
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 第2章 核兵器 087
 1 「日本の核武装は不可能」は本当か? 088
ファシズム国家による露骨な核惘喝 / イギリスの戦略 / アメリカがより意見を聞くようになった / 核保有で世界から孤立などしない
 2 核の洗脳を解くとき 102
唯一の被爆国だからこそ / 岸田首相は広島副市長か / 報じられないアメリカの「日本核武装」歓迎論 / 「モスクワは核武装日本をさほど気にしない」 / 中国と北朝鮮が恐れる日本核武装 / 核武装は憲法違反ではない / 河野太郎の不見識 / 「日本丸腰」を世界に喧伝する政府 / 世界を震撼させた13日間 / 呆れる日本のマスコミ報道

 第3章 米中対立 137
 1.台湾有事は日本有事 138
バイデン「軍事介入」発言を読み解く / 習近平に甘すぎる / 「金融制裁」という最も強力な攻撃カード / 訪台中止を求めたホワイトハウスの幹部たち / 脱炭素合意などハナから守る気はない / 防衛省の外で隠れて会う日台の軍関係者 / 尖閣防衛だけではアメリカは乗ってこない / 映画会社ソニー・ピクチャーズを高く評価した理由
 2.麻生太郎元首相「アメリカはその程度の国」発言 161
アメリカ「国際連盟不参加」の真相 / パリ協定「緑の気候基金」がテロ国家の軍資金に

 第4章 国連 167
複数の独裁国家から金銭を受け取る / 人権理事会は「国際もみ消し工場」 / 日本で根強い「国連第一主義」 / 国連事務総長が行ってきたこと / 独裁者たちが憩うクラブハウスと化す / 左翼の迂回ルート / 「怯える金持ちはカモになる」

 第5章 朝鮮半島 191
 1.北朝鮮問題 192
アメリカ主流派外交エリートの危うい感覚 / 「ハニートラップ」としての北朝鮮
 2.韓国問題 201
安倍政権下でも危うい動き / 警戒すべき中国人慰安婦問題
 3.安倍時代を経た日本の現状 209
日本の“内側”に敵がいる / 闘う政治家

第6章 差別とLGBT 217
「弱者の味方」が何をしているか / LGBT問題の背後にある政治事情 / 活動家らの激しい攻撃で解職 / 左翼のターゲットになったディズニー / デサンティスの示唆深い言葉 / エマニュエル駐日米国大使の執拗な「内政干渉」 / LGBT特使の訪日 / 公明党の山口那津男に発破を掛ける / 狙った獲物は逃がさない / 狙うは国務長官ポストか / 日本維新の会にも働きかける / 「同性婚を法制化せよ」 / 「岸田の意向だった」 / 殺人事件の隠蔽に加担疑惑 / 不当極まりない逆差別

あとがき 261  


まえがき

 国家は侵略以上に自殺によって滅びる。
 最も警戒すべきは「綺麗な言葉」である。平和、核廃絶、国連、地球環境、差別解消、等々。これらを唱える人々の背後では、常に腹黒い勢力がとぐろを巻いている。目的は日本の弱体化であり、日本を犠牲にした利権の獲得である。
 美辞麗句に隠された国際政治の現実を知らなければ、「ひ弱な経済大国」日本はカモにされ続けるだろう。
 本書は、反日勢力が仕掛ける各種工作の実態を明らかにし、対処法を示すべくまとめた。
 強い者だけが弱い者を守ることができる。
 国がタフであってこそ、国民はおだやかに、たおやかに生きていける。国家としての日本は、公正であると共に、「世界一優しいが、怒らせると世界一怖い」存在であるのが理想だろう。
 第1章は、同盟のあり方に焦点を当てた。アメリカはお人よしではない。日本頼りにならずと判断すれば、単に見捨てるに留まらず、強大な敵とも化しかねない。
 それが分かっていた安倍晋三首相は「戦後レジームからの脱却」に努めた。
果たして自民党や国会は安倍の遺志を継げるのか。それとも、有害無益な政争や迎合に明け暮れ、国を内部崩壊させていくのか。
 第2章は「日本核武装」シナリオを、イギリスの「連続航行抑止」戦略を参照しつつ提示した。
 日本は独自核抑止力を持つべきでないし、たとえ望んでも持てない、というのは腹黒い勢力がほくそ笑む洗脳の最たるものである。日本は常識の立場に立ち、意志さえ固めれば、ファシズム勢力の核恫喝に対抗できる。「アメリカの核の傘は信用できるのか」といった議論は必要ない。
 第3章は「米中対立」を取り上げた。もちろん日本は第三者ではなく、否応なしに最前線でこの「新冷戦」構造に組み込まれる
 中国共産党政権(以下中共)が併合を狙う台湾は太平洋とインド洋の結節点に位置する。理念的には冷戦期の西ベルリンに当たる「自由の砦」である。
 かつてケネディ米大統領が現地で発した「私はベルリン市民だ」にならえば、「私は台湾国民だ」が今や自由世界全体の標語でなければならない。
 もっともベルリンの壁構築を許したのもケネディだった。アメリカの言葉でなく行動をしっかり見据える必要がある。
 第4章は「国連」である。日本ではいまだに国連崇拝が根強い。国連機関からの脱退や拠出金停止というと、重大犯罪をそそのかされたかの如く、即座に怒りをもって拒絶反応を示す政治家がほとんどである。しかしアメリカでは、「国際派」のオバマ政権ですら一部の国連拠出金を止めている。
 国連人権理事会は人権蹂躙をもみ消すための機関、というと「まさか」という人も多いだろう。しかし事実であり、しかも構造的に改革不可能である。同様に「安保理改革」も、国連憲章の規定を変える形のものは出来ない。いずれも頭に入れておきたい国際常識である。
 第5章は「朝鮮半島」。日朝協議や米朝協議の再開は一応よいことだが、それは北朝鮮が直接日米を騙しに来ることでもある。最大級の警戒が必要だろう。アメリカで燻る「危ない議論」を紹介した。
 歴史戦についてもいくつかポイントを整理した。前面に踊り出る韓国の背後に中共がいる。潜在的な「賠償金額」は無限大と言える。ナイーブな懺悔外交は、日本にとって決定的な墓穴となりかねない。一方中共も大きなミスを犯している。具体的に指摘した。
 第6章は「差別とLGBT」。アメリカの混乱に触れつつ、それ以上に危うい日本の状況に警鐘を鳴らした。闘う共和党と迎合する自民党の違いは鮮明である。常識を盾に女性や児童を守れない国が、ファシズム国家の工作や侵略に堪え切れるはずがない。
 日本は本来、活力と可能性に満ちた国である。自殺に追い込まれさえしなければ、豊かな伝統を基盤として、世界の文明をリードする国になれる。そのためには各種の洗脳を解き、戦闘力を磨かねばならない。本書が課題としたところである。


同盟とは何か

 同盟は一瞬にして敵対関係に変わる。共に戦う限りにおいてアメリカは日本の同盟国だが、日本が中国に降伏した途端、敵の戦略拠点として使われないよう、アメリカは日本を攻撃対象としてくる。
 「血を流して守る」以外に、「破壊して去る」という選択肢もある。それが国際常識である。

 中国に攻められれば手を挙げればいいとうそぶく人間がいるが、中国軍に占領された上にアメリカの爆撃を受けてもいいと言っているのと同じである。
 さっさと逃げると宣言する者もいる。一体どこに逃げるつもりなのだろうか。空港や港湾は戦争勃発と同時に封鎖状態になる可能性が高い。少なくとも正常運行はあり得ない。アメリカは脱出する在日アメリカ人を最優先で飛行機に乗せる。祖国を捨て我先に空港力ウンターに押し寄せる亡命希望日本人を、米軍は軽蔑と共に「持て」と制止するだろう。
 結局、戦い続けることでアメリカを味方に留め置く以外の合理的選択肢はない。そのためには、日本は継戦能力を強化せねばならない。
 かつて米陸軍の戦車部隊長として東西ドイツ国境地帯で偵察任務に当たったマイク・ポンペオ前国務長官は、常にレーガン大統領の言葉を肝に銘じていたという。

 アメリカが自由を失えば、どこにも逃げる場所はない。我々は最後の砦だ。

 この感覚はアメリカ人だけのものであってはならないだろう。日本は日本人にとって最後の砦である。
 「強い者だけが弱い者を守ることができる」(Only the strong can protect the weak)という箴言がある。
 強い軍事力、強い経済、強いエネルギー基盤を待った国であってこそ、弱い者も生きていける。

 アメリカには、「日米安保条約は片務的だ、アメリカは日本のために戦うが、日本はアメリカが攻められてもテレビで見ていればいい」という、時に顕在化する潜在的不満がある。
 それに対し、日本は米軍に基地を提供し、その世界戦略に貢献しているからバランスが取れている、という官僚的議論がある。しかしその「世界戦略」で守られる石油シーレーンで誰が最も恩恵を受けているのか、むしろここでもバランスは日本有利に傾いていると言われれば反論は難しいだろう。
 「いやアメリカも……」と細かな論に入れば相手の侮蔑感を倍加させるだけである。
 イギリスはアメリカにディエゴガルシア島を基地として貸しているが、同時にNATOの枠組でアメリカと相互防衛体制を組み、独自核武装により核抑止戦略の一端も担っている。こうした重層的関係が同盟本来のあり方だろう。


サダム・フセインに「9条の理念」を説いた結果

 戦後日本が「平和憲法の原理原則」、人によっては「国是」とまで称してきた3本柱、①非核三原則、②専守防衛、③集団的自衛権不行使を、もし同盟国アメリカが採用したらどうなるか。当然、「核の傘」も日米安保条約もなくなる。
 人権も国際法も眼中にない核保有国中国、ロシア、北朝鮮に囲まれながら庇護の手を失った日本は、直ちに危機的状況に陥るだろう。
 アメリカに「絶対採用しないでくれ」と頼まねばならない「政策」が原理原則として成り立つはずがない。ましてや「国是」とは欺瞞の極みだろう。
 右の3つの「原則」は、敵方が採用すると助かるが、間違っても自らが採用してはならない自傷的政策の典型である。
 1990年8月、イラク軍がクウェートに侵攻し、翌年1月、米軍を中心とする多国籍軍が反撃作戦を開始した。その直前、当時の土井たか子社会党党首がイラクに飛んで独裁者サダム・フセインと会い、「憲法9条の理念」を説いた。
 サダムの答えは、「あなたの言う通りだ。感動した。その話をぜひブッシュにしてやってくれ。ところでクウェートはイラクの19番目の州であり、内政問題だ。外国の干渉は受けない」だった。
 国連常任理事国ともなれば、さすがにサダムのような露骨な侵略には出ないだろうという幻想は、プーチンによって見事に打ち砕かれた。
 違いは、プーチンは「核を待ったサダム・フセイン」であり、より対処が難しいという点だけだろう。
 中国、ロシア、北朝鮮ともに、日本の9条改正の動きを批判し、牽制する。自縄自縛に陥った日本が都合よいからに他ならない。9条護持論者は、これら腹黒い勢力の目には「役に立つバカ者」(usefull idiot)の典型と映っていよう。
 ちなみに私はフェイスブックやツイッターでは、非核三原則を「非核三偽善」、専守防衛を「専守呆然」と言い換えている。


民間人に多大な犠牲を出す専守防衛

 専守防衛は、世界中で日本だけが掲げている有害無益な、自縄自縛的発想である。この概念は政府によって、次のように定義されてきた。

専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいう。

 しかし政府自ら「受動的」だという専守防衛は、民間人に多大の犠牲を出す本土決戦思想あるいは焦土戦術に他ならない。ロシアに一方的に蹂躙されたウクライナ同様、国土が殺戮の場と化し、多くの国民が呆然自失の体に陥ろう。私が「専守呆然」と呼ぶゆえんである。
 人権感覚を欠くプーチンのようなトップが「ある地域を制圧しろ」と命じれば、軍法会議を恐れる必要がない配下の軍隊は無差別攻撃に走る。相手が「専守防衛」国家なら、一段と好き放題できる。同等以上の被害を相手国に与える攻撃力を示さない限り、侵略は抑止できない。これが世界の常識である。
 
専守防衛も、歴史上常に間違いというわけではなかった。城壁を這い登ってくる敵に上から石を落とせば撃退できた原始時代なら、戦略として成り立った。
 日本政治の不幸は、攻撃側が圧倒的優位に立つ極超音速ミサイルの時代にも、なお太古の戦略が通じると考える時代錯誤にある。
 迎撃ミサイルの効果はあくまで限定的である。巨額の予算を振り向けるなら、かつてフランスが対独要塞網(マジノ線)に防衛費を消尽した愚を繰り返すことになろう。ドイツ軍がマジノ線を迂回しベルギー領を通って侵入したように、現代の極超音速ミサイルも変則軌道を取り、迎撃ミサイルをかわして突入してくる。
 専守防衛というと思い出す話がある。
 1984年10月12日、英国保守党大会のためホテルに滞在中だったマーガレット・サッチャー首相を狙った爆弾テロが起き、自らは危うく難を逃れたものの(寸前までいた洗面所が崩壊)、死者5人を出す惨事となった。
 ドナルド・ラムズフェルド元米国防長官が、その際テロリストたちが現場に残したメッセージに触れ、次のように述べている。 サッチャー暗殺を謀った者たちが置いていったゾッとするメモを、私はそれ以来、何度も想い起こした。「われわれは一度だけラッキーであればよい。お前は常にラッキーでなければならない」とそこにはあった。
 テロに受け身で対処すれば、いつかは惨事に見舞われる。積極的に相手の指揮命令系統を標的とし、脅威を除去していかねばならない。ラムズフェルドは「テロとの戦争」に当たり、その点を肝に銘じたという。
 同じことは、核ミサイルの脅威についても言える。相手は、100発中99発が迎撃されても、一発着弾させれば「大勝利」となる。
 専守防衛では核ミサイル攻撃に対処できないのは明らかだ。懲罰的抑止力をどう確保するかが必須の課題となる。
その点は、第2章で詳述する。


アメリカ軍が敵に変わるという現実

 専守防衛的発想の心理的帰結として、中共軍などが攻め込んできた場合、犠牲が出ないよう速やかに降伏するのが正解と説く論者がいる。
 彼らに見えていないのは、その瞬間に、世界最強のアメリカ軍が味方から敵に変わるという現実だ。
 
北京の軍門に降り、基地として使われる日本は、米国にとって破壊対象以外の何物でもない。
 共に戦うから同盟国なのであり、無傷のまま身を差し出すような降伏をした途端、敵陣営の一角という位置づけになる。
 長年日本に軍を駐留させ、情報機関員を配置してきた米側は日本のインフラの弱点を知悉している。いつでも急所を突く攻撃が可能だろう。
 昨日の友は今日の敵。歴史はそうした実例に満ちている。
 第二次世界大戦初期の1940年7月3日、イギリス海軍が、直前まで同盟国だったフランスの艦隊に総攻撃を加えた。地中海に面した仏領アルジェリアの湾に停泊していた船舶群だった。
 その2週間前、フランスはナチス・ドイツに降伏し、パリ無血入城を許していた。そのためイギリスは、海上兵力が弱点だったドイツ軍にフランス艦隊が組み込まれ、海の軍事バランスが不利に傾きかねないと懸念した。そこで先手を打って殲滅作戦に出たわけである。
 この間、フランス海軍のダルラン司令官は、英側の艦隊引き渡し要求を拒否しつつ、ドイツ軍の傘下には決して入らないと力説したが、英側の容れるところとならなかった。
 結局、イギリス軍の爆撃によって、フランス側に、艦船の破壊に加えて、1297人の死者が出ている。
 先に触れたとおり、日米安保条約は、いずれかが条約破棄の意思を通告して1年後に失効する。逆に言うと、1年間は失効しない。中国の占領下に誕生した日本の傀儡政権は、直ちに日米安保廃棄を宣言するだろうが、米軍は、1年間は在日基地に居座れる。
 ここで改めて、なぜアメリカが日本とのみ、NATOのような相互性を持たない片務的条約を締結したのかを考えてみたい。
 要するに、「日本軍国主義」を抑え込むと同時に、アジア大陸に沿って南北に長く延びる戦略拠点日本を敵対勢力の手に渡さないため、日本に米軍基地を置くことが死活的に重要だったからである。
 例えば米第7艦隊の旗艦ブルーリッジ(揚陸指揮艦)、空母ロナルド・レーガンなどが母港とする横須賀海軍基地を、米側が中国に無傷で引き渡すはずがない。
 いざ撤退となれば、使用不可能なまでに破壊した上で去るだろう。他の軍事基地や周辺インフラについても同様である。
 中国軍やロシア軍なら、民間人居住区も含め米軍どころでない無差別破壊を置き土産とするだろう。世界は甘くない。


岸田首相は広島副市長か

 仮に現在、すでに日本が英国型の核抑止力を持っているとして、周辺で核の脅威が高まる中、あえてそれを放棄して丸腰になれと主張する政治家がどれだけいるだろうか。おそらく少数に留まるだろう。 非核三原則が「国是」云々は空虚な建前論に過ぎない。岸田は事あるごとに被爆地広島の選出であることを強調し、「だから核廃絶を訴える」という。「だから核抑止力保持を訴える。お前は核の悲惨を知らないとは誰にも言わせない」と開き直る度量や見識はどこにも見られない。
 「唯一の戦争被爆国」の立場から核の惨禍を訴える仕事は、広島、長崎の市長や被爆者代表が継続的に行っている。 首相の仕事は、あたかも広島副市長のごとく、その二番煎じを演ずることではなく、日本国の抑止力を高めることにある。
 なお、岸田のような首相のもとでは、ダブルキー・システムの核共有はかえって抑止力を低下させかねない。「米大統領が発射を決断しても、岸田は絶対に決断できない、岸田が片方のキーを持つ限り100%安心」と敵方が思えば抑止力はゼロとなる。せめて「曖昧戦略」を取るぐらいの柔軟性がなければ、核恫喝に対抗できない。
 ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問に中共が強く「反発」し、不測の事態も懸念される中、岸田首相は日本を離れてニューヨークに赴いた(2022年8月1日)。国連の総会ホールで聞かれた「NPT運用検討会議」で核廃絶を訴えるためである。「ヒロシマ・アクション・プラン」と名付けた岸田の演説に特に目新しい要素はなく、岸田以外に首脳クラスの出席はなかった。
 「尖閣諸島や与那国島は、台湾から離れていない。台湾への武力侵攻は日本に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」という安倍元首相の言葉は、主張ではなく単純にファクトである。
 琉球諸島南部が自動的に戦域となるに留まらない。米偵察機は沖縄本島の嘉手納基地を拠点とする。台湾をカバーする米第7艦隊の主力をなす空母ロナルド・レーガンも旗艦ブルーリッジ(揚陸指揮艦)も横須賀が母港である。
 中共が台湾侵攻を敢行するに当たっては当然、嘉手納、横須賀等も潜在的攻撃対象となるだろう。
 ペロシ議長を乗せて台湾に向かう米軍用機に、中国軍機が危険行為を仕掛ける可能性もあった。その時間に官邸を空け、現実性ゼロの「核廃絶」パフォーマンスに走った岸田に、自衛隊の最高指揮官たる自覚はあったのだろうか。
 岸田はグテレス国連事務総長との会談にも時間を費やし、1千万ドル(約13億円)を拠出して「ユース非核リーダー基金」を立ち上げる意向を伝えている。おそらくは、世界の若手左翼活動家の「軍資金」になって終わるだけだろう。
 岸田はまた、核廃絶への機運を高めるため、「国際賢人会議」を立ち上げ、会合を広島で開くとも発表した。
 既往に照らして、知的に意味のある会議にはなりえず、よくて税金の無駄遣い、下手をすればやはり左翼の「賢人」周辺への活動資金提供に終わるだろう。パグウォッシュ会議はじめ類似の「国際賢人会議」は過去に多数あった。実際、外交的配慮からロシアと中国の御用学者も加えた広島「賢人会議」は、堂々巡りの議論が続く国連軍縮会議の矮小版に過ぎないものとなった。
 岸田が国連で核廃絶演説を行った同じ日、ロシアのプーチン大統領が声明を出し、「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならない」と強調している。
 岸田がどう聞いたか知らないが、この言葉はアメリカに対して、核保有国同士は争わず、相互不干渉の精神で行こうと談合を呼びかけたものに他ならない。
 一方、日本のような非核保有国に対しては、「戦争になれば核を使ってロシアが勝つ。盾突くな」がプーチンの黒い腹から出た裏メッセージであった。
 実際、岸田演説の翌日、同じ議場で発言したロシア代表は、「西側諸国がわれわれの決意を試そうとするなら、ロシアは引き下がらない」と述べ、西側の態度如何でロシアは核の「引き金」を引かざるを得なくなると警告している。岸田の訴えに何の効果も無かったことは明らかだろう。「NPT運用検討会議」は合意文書を作れないまま閉幕した。
 中共の習近平国家主席も、台湾侵攻に当たっては、アメリカとの衝突回避に最大限努力しつつ、日本その他に対しては露骨に核恫喝を掛けてくるはずである。
 日本は「唯一の戦争被爆国」だから日本にだけは核を撃ち込んではならないと習や金正恩が考えるはずもない。むしろ「今度は2発で済むと思うなよ」が彼らの、大して隠されてもいない本音だろう。
 憲法9条と同じく「唯一の被爆国」も日本弱体化を狙う勢力にとって都合のよい洗脳カードに過ぎない。


人権理事会は「国際もみ消し工場」

 人権理事会は、その名に反して、人権蹂躙国家群が談合し、互いの不正行為を闇に葬る「国際もみ消し工場」の様相を呈している。いつしかそう変質したのではなく、初めからそうだった。
 まず個々の理事国に関わる事柄は取り上げないという談合的不文律がある。そのため理事国になってしまえば、どんな独裁国でも基本的に「安心」できる。定数47の理事国には、政情不安を抱え中共の買収工作に弱い貧困国なども少なからず入ってくる。国連総会で選出されるが、議席は地域グループごとに割り振られ、アフリカ13、アジア太平洋13、東欧6、中南米8、西欧その他7となっている(任期3年)。
 では議席割り振りの変更や資格要件の厳格化が可能かというと、自国の人権問題に触れられたくない国々が多数を占める国連総会で枠組が決定される以上、あり得ない。すなわち人権理事会は、構造的に改革不可能な組織なのである。
 2018年6月、米トランプ政権が同理事会からの脱退および拠出金の支払い停止を決めたのは、以上のような背景があってのことだった。
 当時朝日新聞が社説で、「人権を重んじる大国を標榜してきた米国が、自らその看板を下ろす行動を続けている。(人権理事会は)国連総会が選ぶ47の理事国が集い、世界の人権を監視している組織だ」と説諭しているが、あまりに現実から遊離した議論で笑止という他ない。
 当時、ヘイリー米国連大使は、「偽善と腐敗」に満ち、「恐るべき人権抑圧履歴を持つ国々の隠れ蓑となっている人権理事会」にこれ以上正当性を与えないため、アメリカが率先して脱退したと述べ、国連は「米国やイスラエルを非難する独裁者のつまらぬ演説パフォーマンスに多くが立ち上がって拍手する場」に過ぎないと露骨に嫌悪感を表している。
 
もちろん人権理事会にも、北朝鮮調査委員会を設置するなど例外的に功績はある(2014年に報告書提出)。しかし、これも報告書が、北と国境を接する中国の協力が得られなかったのは「大変遺憾」と特記したように、ファシズム国家群の妨害で実態調査に不十分な点が残った。


日本で根強い「国連第一主義」

 元々疑問の多い国連の活動だが、事情は悪化している。最大の権限を持つ安全保障理事会は、拒否権を握る常任理事国5か国に中露が含まれ、ロシアのウクライナ侵攻非難決議すらできなかった(ロシアが拒否権発動、中国は棄権)。
 果たして現在の枠組のもとにおいて、多少なりとも国連の改革が可能か。ジョン・ボルトン元米国連大使は、唯一の方法は運営資金の「割当拠出制」を「自発的拠出制」に改めることだという。
 すなわち経済力=国内総生産(GDP)に応じて各国に拠出金を割り当てる現在のシステムを、各国が自主的判断で「機能的な事業にのみ資金を拠出し、コストに見合った結果を求める」システムに変えねばならないとの主張である。 国連も「市場テスト」に掛けようということだ。加盟国は、意義なしと判断した事業からは資金を引き揚げればよい。国連以外の事業体の方が効率的と判断すれば、そちらに資金を振り向ければよい。国連を優遇する理由はどこにもない。
 日本では、中露が拒否権を持つこの異形の組織に跪拝する「国連第一主義」が根強いが、率直に言って国民の税金を浪費し、カモにされ続けるだけである。国連は数多ある多国間フォーラムの一つに過ぎない。むしろ、G7(先進7か国)のような自由民主主義国中心の組織にできるだけ外交活動の比重を移していくべきだろう。G7では中露は拒否権どころか、参加すら許されていない。
 「安保理常任理事国入り」を、いまだに掲げ続ける外務省関係者も多い。国際ロビー活動と称して、相当な税金を費消してもきた。しかし、常識的に見て実現可能性はない。常任理事国は、具体的に5か国の国名が国連憲章に列挙されており、日本が新たに加わる場合、憲章の改正が必要になる。
 改正は、「総会の構成国の3分の2の多数で採択」された後、「安保理のすべての常任理事国を含む加盟国の3分の2によって批准」されねばならない(第108条)。仮に「総会の3分の2」という第一関門を突破しても、中露両国が国内で批准手続きを完了しない限り、日本は永遠に常任理事国となれない。腹黒い勢力代表の両国が素直に批准するはずもない。
 中露の様々な要求を受け入れる土下座外交を展開すれば(それ自体論外だが)、逆にアメリカの批准を得るのが難しくなろう。先に触れたとおり米国は、上院の3分の2の賛成が必要、と批准のハードルが高い。どう転んでも泥沼にはまる構図である。
 2022年5月、来日したバイデン米大統領が、改めて岸田首相に対し「日本の常任理事国入り支持」を表明したが、リップサービス以上のものではない。


闘う政治家

 安倍は稀有なリーダーシップを持つ政治家だったが、民主制下の首相はワンマン社長とは違う。
 政治学的には、民主制(Democragy)の定義は多数決(Majority rule)であり、それ以上でも以下でもない。あくまで手続き概念であって、自由主義のような政体理念とは次元を異にする。
 民主制のもとでは多数を形成できなければ、何事も実現できない。安倍もその政治生活を通じて、不本意な妥協を迫られる場面が少なくなかった。
 今やアメリカ保守の偶像的存在と言えるロナルド・レーガン大統領も、その現役時代には、純粋保守派から少なからず「背信行為」を咎められた。
 「右手(right hand)の行うことを極右手(ultra-right hand)は理解しない」「国旗を高く掲げて崖から飛び降りろといわんばかりの支持者の声には困る」といった言葉をレーガンは残している。
 もちろん安倍も完璧な政治家ではない。「妥協しすぎた」という声には正しいものもあるだろう。安倍政治の建設的検証は、今後の日本にとって不可欠の作業となる。ただ、そうした作業に当たっても欠かせない存在が、他ならぬ安倍だった。私白身、政策上の疑問を直接安倍にぶつけ、その説明に納得した、少なくとも視野が広がった例がいくつもある。今やそうした機会は永遠に失われた。痛恨の極みという他ない。
 自由主義的な保守政治を掲げる自民党だが、安倍や中川昭一のような政治家は多くない。次の言葉は安倍の遺言と言えるだろう(前掲月刊Hanadaセレクションより)。

私は、政治家になって以来、盟友の中川昭一さんらと多くの課題にチャレンジしてきました。すると「あなた方の言っていることは正しい」と言ってくれる人は多いのですが、一緒に声を上げて行動を共にしてくれる人は非常に少なかった。正面に立てば向かい風を受けます。それを厭わずに立ち向かっていって、結果を出していく政治家、闘う政治家が次々生まれてくることを望んでいます。

 今後、安倍自身がそうした政治家を育てることはできない。日本の前途は厳しいが、天上の安倍と共に、「闘う政治家が次々生まれてくること」を望まざるを得ない。


LGBT問題の背後にある政治事情

 「差別をなくす」と言えば文明人なら誰でも「もちろん」と頷くだろう。しかしここでも「差別」を限定的に定義しなければ、無限定に逆差別が起こり、自由主義社会は自家中毒によって衰亡しかねない。それは、差別など全く気にしない腹黒いファシズム国家を利することになる。
 その好例をLGBT、とりわけトランスジェンダー問題に見ることができる。
 この問題についてはアメリカの事例が大いに参考になる。訴訟大国だけに問題が先鋭化しやすく、原告、被告双方の秘術を尽くした弁論記録や判例に事欠かないからである。
 まず保守派の基本的立ち位置を、ブラックユーモア・トークで鳴らした草の根保守のレジェンド、故ラッシユ・リンボーの議論に見てみよう。

この問題は政治そのものである。トランスジェンダーは人口の0.2%ほどしかいない。彼らに対する露骨な差別や敵意など存在しない。実際に起こるのは、ある日突然、ある男が「女子トイレを使いたい。実は男ではないので」と言っていると告げられた、ごく普通に生きてきた真面目な事業主が「すぐに対応しろ。差別するな」と責め立てられ、困惑する。そういう話だ。もちろん私は、精神疾患と言えるケースについては満腔の同情を持っている。しかし、それは医者が対処すべき話で、政治問題化すべきではない。

 さらにリンボーは、背後の政治事情についても敷衍する。

しかし左翼は、伝統的な通念を攻撃し、アメリカ社会を混乱に陥れる一環としてこれを用いている。民主党は、アメリカは不公正な差別に満ちていると触れ回っている。そしてどんなグループであれ、多数派に差別されているとうまく訴えられれば、メディアがヒーロー扱いしてくれる。悪いのはいつも男中心、白人中心、クリスチャン中心のアメリカ社会だ。トランスジェンダー主義は、実のところ若者の間のはやりのファッションに過ぎない。

 民主党および同党支持の主流メディアは、こうした主張を「信じがたい偏見」と非難してきたが、健全な姿勢と捉えるアメリカ人も少なくない。それゆえリンボーのトークラジオは、彼の死の直前まで全米一のリスナー数を誇った(リンボーは肺ガンのため、2021年2月に70歳で死去)。
 リンボーが言うとおり、医学的に性同一性障害と確認されたケースについては、適切な医学的・薬学的対応が必要だろう。しかし事の性質上、特に発達途上の児童に関してはきわめて慎重な対応が求められる。性転換手術やホルモン「治療」は、のちに思春期特有の「気の迷い」だったと分かっても、文字通り取り返しがつかないからである。
 
この点に関しては、米国の女性ジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーが主に少女のケースに焦点を当て、当事者や研究者への綿密な取材を基にまとめた『不可逆的なダメージ ―― ティーンエイジャー少女とトランスジェンダー狂熱 ―― 』(Abigail Shrier, Irreversible Damage: teenage Girls and Transgender Craze, 2020)がリベラル派のテーゼに多くの根本的疑問を提示していて、必読文献となっている。
 シュライアーは左翼活動家たちの猛烈な攻撃に晒される一方、民主党が提出した包括的なLGBT差別禁止法案(名称は平等法。未成立)の上院審議に当たって共和党が主要公述人として招くなど、政治的文脈でも、トランスジェンダー問題における渦中の人物である。
 以下、シュライアーの著書を参照しつつ、性自認を巡るアメリカの現在の状況を見ておこう。日本にとっても様々に参考になる。


不当極まりない逆差別

 アメリカでは、連邦レベルでは、民主党が提出したLGBT差別禁止法が成立する見込みはないが、左翼の首長がいて左翼教員組合が強い地域では、相当踏み込んだ「措置」が取られてきた。それだけに保守派の反撃の動きも強い。
 一端を記しておこう。
 なお米最高裁は2020年に、LGBTであることを理由とした解雇や採用拒否は公民権法に定められた「雇用機会の平等」に反するとの判断を下している。あくまで雇用に限定した上での「差別の排除」であった。
 一方、民主党提出の法案は、レクリエーション施設や教育の場での「差別」も許されないとしており、ジムのサウナや教育の一環である学生競技大会も「差別排除」の対象となる。
 近年、女子選手がトランスジェンダー選手(生来の男子)に敗れた結果、スポーツ奨学金が得られず進学を断念するなどの具体的事例が少なからず生じている。「不公正」を訴えたところ、内定先企業にLGBT活動家が「差別学生を雇うのか」と圧力を掛け、就職の道まで閉ざされたという不当極まりない逆差別のケースもある。
 「着替え中なので出て行って」とトランスジェンダー女子(生来の男子)に求めた女子高生か停学処分とされ、抗議した父親もサッカーコーチの職を解かれたバーモント州のケースも大いに問題となった。
 LGBT教育は、保守とリベラルがぶつかる「激戦地」の一つである。
 左翼が主導する「先進」地域では、幼稚園から小中高を通じ、「性、性自認、性的指向」に関して濃密なカリキュラムが組まれ実践的指導が行われている。
 生徒は自分の心の中のLGBT的要素を掘り下げるよう促され、「トランスジェンダーだと思う」と告白する者がいれば、「無理解な親」に知らせずに呼び名を変え(例えばメアリーからマイクに)、従来の代名詞(彼女)を使う者がいればいじめと見なして叱責するといった指導例が報告されている。
 「普通のトランスジェンダー」だけでなくノンバイナリー(男女の二分法を拒否)も自然な性自認の一つと教えられる。
 典型的には、女性の場合、乳房切除術を受けつつ男性ホルモンの注射はせず、性別の不分明な存在を目指す。
 男性の場合、バイデン政権がノンバイナリー初の幹部職員として起用を喧伝したエネルギー省次官補代理がスター的典型例だった。口髭、スキンヘッドに真っ赤な口紅、女装で役所に通う様を誇示したLGBT活動家である(その後、複数の窃盗罪で免職)。
 性教育も変化し、男女の型だけでなく、男性同士、女性同士の型も「正常」として教えなければLGBTへの偏見を助長するとして、過半の時間がビジュアル教材を用いたアナルセックスやオーラルセックスの講習に当てられる。
 当然違和感を覚える生徒が出、強く反発する親が出る。そうした中、反撃の先頭に立った1人が前節で触れたデサンティス知事だった。
 LGBTに関して統一した「アメリカの立場」などない。混迷は深まり対立は激化する一方である。バイデン民主党政権の一方に偏した主張に萎縮するなど不見識も甚だしい。
 特に自由主義的保守政党を標榜する自民党や維新は、米共和党の戦闘力に学び、理論武装のレベルを上げるべきだろう。
 2023年のLGBT理解増進法(私はLGBT利権法と呼んでいる)騒動は、安倍晋三という心棒を失った自民党の「理念なき迷走」を如実に示した。
 安倍自身、生前、「(岸田が総理総裁になって)自民党はリベラル化というより腰抜け化した」と語っていたという(産経・阿比留瑠比記者証言)。
 特に人権に関する法は「差別」の中身を明確にしないと無限定に逆差別が起こる
 LGBT法では、法案自体に規定がない上、丁寧な国会審議を通じて立法者意思を明らかにするという必須プロセスも放棄された。文明国ではあってはならない事態である。
 基本用語すらまともに定義されず「ジェンダーアイデンティティ」とカタカナ英語で誤魔化す禁じ手が取られた。女性や児童を変質者や洗脳教育から保護する仕組みは明示されなかった。一方、LGBT活動家の利権確保だけは、念入りに書き込まれている。
 自由主義国では、「差別」や「地球環境」という言葉が、利権や国家解体を狙う勢力が常識人をねじ伏せる「決め台詞」となっている。負けてはならない。本書が理論武装の一助になれば幸いである。

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