君たち、中国に勝てるのか
侵略されないために、戦争を引き起こさないためにこそ、強力な防衛力が必要だということを再認識しました。
核戦力もそう。
「私の島に手を出すな」の節では、
岩田清文さんが『抑止に対する安倍総理の考えは、力に対して力を示し、中国や北朝鮮に侵略を断念させるというものです。こっちの力さえしっかり示せば、実際に軍事力を使わなくて済むわけです。相手に自分の覚悟を見せることが重要なのです。
安倍総理は習近平国家主席と会談した際、尖閣諸島をめぐってこう言ったそうです。「日本の意志を見誤らないように」と。覚悟の裏には軍事力が重要であることを安倍総理は分かっていました。だから防衛費をずっと上げてきたのです。こういった危機意識や覚悟を待った政治家は希有ですよ。』とお書きです。
兼原信克さんは続けて『私はその場面におりました。安倍総理は習近平主席に「私の島に手を出してはいけない」と本当に言ったのですよ。そして「私の意志を見誤らないように」と続けたのです。台本にはない発言で、みんな驚いていました。習近平主席は黙ったままでしたが、私はちょうどその瞬間、たまたま習近平氏と目が合ってしまいました。習近平氏は静かに微笑していましたが、このまま憑り殺されるかもしれないと思うほど冷
たい視線でした(笑)。』とお書きです。
習近平は安倍総理が邪魔だと思ったことでしょうね。
岩田清文・武居智久・尾上定正・兼原信克さんの「君たち、中国に勝てるのか」を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。
目次
はじめに 兼原信克
第1章 台湾有事は予想より早い 13
アメリカは台湾防衛の準備に入っている / ペロシ訪台で得をしたのは中国 / 常態化した台湾危機 / 米軍は航空優勢を取らない / 2024年から2027年に武力行使 / 日本は「逆サラミ」戦法を / 25条の見直しは必要 / 「海軍になった海警船」 / 防衛予算がなく装甲板を外した
第2章 君たち、勝てるのか 45
「戦争になれば自衛隊員は何人死ぬのか」 / 「私の島に手を出すな」 / 「自由で開かれたインド太平洋」 / 反撃能力がなければやられ放題 / 独裁国家は過ちを犯す / 経済は抑止力にならない / 「ロシアと戦争しない」のがアメリカの国益 / アメリカの優先課題は中国 / 敵が経済的依存関係を武器化
第3章 日米VS中国 どちらが強いのか 75
「嘆きの図」 / 2025年にはもう危ない / 「目に見えない能力」はアメリカが強い / 距離をどう克服するか / 米軍は同盟国と一緒に戦う / 「スタンド・イン」と「スタンド・アウト」 / 「アメリカよりもまだ弱い」とは言えない / 最後は「連合軍VS中国」になる / 台湾は「オセロの隅」と同じ / 「沖ノ鳥島に空港を造れ」
第4章 日本のサイバー敗戦 109
日本のサイバー軍は「戦えない軍隊」 / 5年間何もしていない / ダメージからの回復に2、3年 / 民間のサイバー防衛組織が必要 / 「戦争の大義」を中国に与えるな / 「戦争に巻き込まれる」 / 日本は「マイナーリーグ」
第5章 台湾有事 米軍は台湾に集中する 137
中国は尖閣を必ず奪いに来る / 尖閣は自分で対処してくれ / 台湾有事の日米共同作戦 / 戦争準備は「やってはいけない」 / 民間空港をどんどん空けて
第6章 国のために戦いますか 155
国民保護法は機能しない / 中国進出企業に“チャイナリスク法人税”を / 中国の意を受けた人間は残る / 日本人は闘うイメージがないだけ / 侵略された国家はどうなるか / 一度も書いたことがない対処基本方針 / 「何人が死ぬのか」
第7章 もし、中国が日本に戦術核を使ったら 177
米中の核戦力はパリティになる / 政治が核議論を封殺 / 中国が与那国島で核を使ったら / 100万人の命を審議官クラスが握る / 日本への戦術核攻撃にアメリカは / ドイツの核武装論に学べ / 日本の核兵器製造能力
第8章 4年以内に必要な継戦能力 199
「会社の評判を落とす」と日陰者扱い / 5000億円か民間企業の技術者に1銭も回らない / 経済安保法に「防衛産業」がない / 4年以内に使えるものを / シーレーン防衛で負けた日本 / 武器の「国産主義」基準 / 友好国に武器を売れ / 装備を売り込むための組織がない / ロシアの兵器市場を狙え
第9章 日本は勝てるのか 229
日本の勝利とは何か / 自衛隊が戦う / 「日本の意志」を示せ
付録 台湾海峡危機 日本はいかに備えるべきか 241
シナリオ① グレーゾーンからの急激な事態の拡大 / シナリオ② 邦人輸送・国民保護・避難民対処 / シナリオ③ 中国の核による恫喝と使用 / 政策提言事項の導出 / 背景【2027年頃までの状況(想定)】 / 背景【2027年シナリオ開始時の状況(想定)」
日本は「逆サラミ」戦法を
岩田 防衛力の強化は必須です。同時に、日本が今、できることは「逆サラミ」戦法でしょう。中国がミサイルを撃ち込んだ場所は、完全に日本のEEZです。であれば、中国のEEZ内では日本がどういう訓練をしても国際法上、まったく問題はない。だから、日米共同でこの地域でさまざまな訓練を繰り返せばいいのです。
たとえば陸上自衛隊の水陸機動団をアメリカの強襲揚陸艦に乗せて遊弋したり、あるいは南西諸島地域一帯で日米共同統合の訓練を行うべきです。そうした訓練を中国にしっかり見せつけることで、この地域はわれわれの勢力圏内にあるということを明確にする。逆にサラミを切る必要があるのに、今や日本は完全に後手に回ってしまっています。
おそらく中国は、もう1枚サラミを切っても、日本は文句を言わないだろうと思っているのではないですか。
2010年に、尖閣沖で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりをしましたね。その漁船の船長を石垣地検が取り調べをしているときに、上海にある日本の企業フジタの4名が拘束され、実質的に人質になるとともに、日本に対する中国からのレアアースの輸出を止められました。その脅しに屈して、日本政府は漁船船長を送り返しました。つまり、日本は脅せばすぐに屈服するという既成事実を中国に見せてしまったのです。
今回も、中国による初めての威圧的な射撃であっても、また与那国島から約80キロという我が国の庭先に対する実弾射撃であっても、さらにEEZ内に対する5発という意図的な射撃であっても、日本は外務次官のクレームだけ。日本は御しやすいということを明確に示してしまいました。
武居 「逆サラミ」で言えば、2022年9月20日に米海軍第7艦隊のミサイル駆逐艦1隻と、カナダ海軍のフリゲート艦1隻が、台湾海峡を一緒に通航しました。オーストラリアもアメリカと一緒に通っています。
中国の『領海及び接続水域法』は外国軍艦の領海内の無害通航を認めていません。この条文自体に問題があるのですが百歩譲って「尊重」したとしても、台湾海峡の中央には国際水域がありますから、中国に気兼ねせず、どの国の軍艦も自由に通航できる。しかし中国外交部は、外国艦艇の通航は台湾海峡の安定を損なう行為であると、その都度抗議をしています。
海上自衛隊も通航することは何も問題ないわけで、カナダやオーストラリアにならってアメリカと一緒に台湾海峡を通るというオプションもあります。これをやらないと、中国は国連海洋法条約を一方的に解釈して「台湾海峡は特別な海峡だ」「中国側に国際法上の権利がある」などの主張を始める可能性が高い。海洋の秩序を律しているのは国際法ですから、中国の主張を目に見える形で否定することは非常に重要です。
台湾海峡、バシー海峡、台湾-与那国海峡の3つの海峡は、南シナ海への船の出入りをコントロールできる地理的に極めて重要な位置にあります。仮に中国が意図的に海峡をコントロールするようになれば、アメリカは、日本だけでなく南シナ海周辺の同盟国への支援ができなくなります。これは絶対に避けなければならない。
兼原 台湾海峡の通航についてはしょっちゅう、NSCで議論されるのですが、結局、中国を刺激するという理由で潰れてしまいます。やろうと思えば、日米合同でやれば、いつでもできるのですが。
平素から力を見せつけていないと抑止は機能しません。強さを見せないと駄目なのです。ロシアは武門の国なので、いざとなると相手が強国でも刀を抜いて勝負しようとします。一方、中国は王朝国家なので、むしろ弱い国を恫喝するのが得意です。恫喝され、足を踏みつけられたり、頬を叩かれたりしても大人しく黙っていたら、いじめる方は止まりません。そのうちに屈服したととられて、「お前は俺の子分だ」となっていくのです。朝貢国家に成り下がります。
日本は、中国に対してずっと朝貢を拒否してきた珍しい国です。武力で恫喝されたら、やはり刀の柄に手を当てて、切り返す覚悟を見せなければいけない。
尖閣諸島周辺ではようやく勢力を増強しつつある日本の海上保安庁が、2倍の勢力を持つ中国海警の公船を押し返しています。後ろを中国軍と自衛隊がびっしりと固めています。一触即発ですが、緊張が高くなった分、中国人活動家の尖閣上陸のような小競り合いはなくなりました。中国が一目置くくらい武装しなければ、中国にいいようにやられてしまいます。
領土問題では、中国は一度、相手方領土の中に入ってしまえば絶対に引きません。どんどん現状が変更され、変更された事態が新しい「現状」になる。それが中国のやり方です。尖閣諸島だって、周辺に公船を張り付けて、半分は自分のものだという顔をし始めています。これまでの外交的な抗議は無意味でした。口先だけでいくら「毅然対応」と言っても、力の裏付けがなければ、中国は鼻で笑います。
「戦争になれば自衛隊員は何人死ぬのか」
岩田 安倍晋三元総理は危機意識を明確に持っていた人でした。2021年に月刊『正論』(令和3年9月号)誌上で対談したときに、安倍総理はこう述べていました。
「(安保法制の)法整備をした2015年当時には危機感がありました。オバマ米大統領は『米国は世界の警察官ではない』という発言をしました。世界が『米国一強』から変わる中で、同盟国が同盟国としての役割を果たせなければ、同盟は長続きしない。助け合うことができるというのが信頼関係です。信頼関係のない同盟はただの紙切れになってしまう。生きた同盟にするためには集団的自衛権の行使が絶対的に必要だと我々は考え、平和安全法制を作りました」と。
安倍総理の根本にあるのは中国に対する危機意識と、アメリカとの同盟関係を機能させなければ、日本を守れないという強い思いです。
NSCを作ったのも、「外交と防衛と情報を総合的に一体化して、国の政策を司る判断をする機能が必要だという危機意識があったからです」と講演等で述べています。
その後、NSCの機能を強化するために事務局である国家安全保障局(NSS)の中に経済班が作られ、経済安全保障は一歩、前進したと思います。しかし、情報分野では、ディスインフォメーション対策や戦略的コミュニケーションといった戦略的情報発信が行えるように、もっと国家の組織づくりを強化しなければなりません。
ところが安倍総理が退いてからは、まったく機能強化が進んでいないのです。政治も行政官僚も含めて、危機意識を司るための組織改革が必要だということが分かっていません。これは非常に問題だと思います。
兼原 ジェット機がグライダーに変わったようなイメージがありますよ(笑)。
2018(平成30)年に策定された「防衛計画の大綱」(30防衛大綱)を作る際に、準備過程の冒頭で、居並ぶ自衛隊最高幹部を前にして、いきなり安倍総理から「君たち、勝てるのか」と聞かれたことがありました。
さらに「(尖閣を巡り)戦争になれば自衛隊員は何人死ぬのか」と言われたこともありました。戦争が始まれば自衛隊の犠牲は免れません。みんな家族がいる。安倍総理は、自分はその最高責任者だという気持ちがとても強かった。そんな指導者は戦後、鼓腹撃壌となった日本にはいませんでした。おそらく安倍総理が初めてだと思います。麻生太郎元総理にもそういうところがありますが、やはり小さい頃から、激動の大日本帝国時代から日本国政府に奉職してきて、戦後、大宰相となった古田茂や岸信介が話すことを傍らでよく聞いていたのでしょう。
安倍総理の戦略的な勘は非常に鋭かったと思います。中国が経済成長を遂げて、GDPが日本の3倍になったのは安倍政権の最中でした。その中国と対等な関係にもっていかなければならない。それは中国と喧嘩をするということではなく、中国と仲良くするためには対等にならなければいけないということです。中国は強い相手を尊敬します。弱いと侮られる。だから屈服するわけにはいかない。もはや、日本単独では絶対に中国に勝てないので、そのためには外交が大切だと分かっていた。そこで西側諸国の結束を強化し、トランプ大統領との個人的な関係を固め、必死になってインドを取り込んだわけです。
こうして「自由で聞かれたインド太平洋」戦略が生まれ、クアッド(日米豪印の協力枠組み)が生まれ、安倍政権の外交戦略は恐ろしいほどうまく進みました。安倍総理の名前は、「自由で開かれたインド太平洋」と一緒に世界史に残ります。ドイツのアデナウアーと並び称される吉田茂以来、初めて世界史を動かした日本人だからです。それが一番わかっていないのは日本人かもしれません。親がどれほどえらいかは、子供になかなかわからないのと同じです(笑)。
現在、課題となっているのは、その外交戦略をバックアップする軍事力の脆弱さです。安倍総理はNSCを創設し、集団的自衛権行使を是認する平和安全法制を作りました。しかし、それを実行する防衛力の整備や、アメリカとどこまで具体的な役割分担ができるのか、台湾有事にどう軍事的に対応できるのかといった肝心のところがいまだに抜けているわけです。
安倍総理は在任中に、消費税を5%から8%、8%から10%と2回、引き上げています。1%上げると、税収は2兆円から3兆円増えます。ですから安倍総理の時代は税収を10兆円から15兆円ほど増やし、その間に防衛費を1兆円上げたのです。もっと上げてほしかったと思いますが、こうやって財政の手当てをしながら、防衛力を整備したわけです。今、岸田政権は、これをさらにNATO水準であるGDP比2パーセントまで急速に増額したいと考えています。それが成し遂げられたら、誰が何と言おうと、戦後史に残る大総理です。
「自由で聞かれたインド太平洋」の要である日本ですが、口先だけの外交で終わってはなりません。中国に簡単に台湾に侵攻できると思わせないように、自分白身の防衛力の強化をしっかりやっていかないといけません。
「私の島に手を出すな」
岩田 抑止に対する安倍総理の考えは、力に対して力を示し、中国や北朝鮮に侵略を断念させるというものです。こっちの力さえしっかり示せば、実際に軍事力を使わなくて済むわけです。相手に自分の覚悟を見せることが重要なのです。
安倍総理は習近平国家主席と会談した際、尖閣諸島をめぐってこう言ったそうです。「日本の意志を見誤らないように」と。覚悟の裏には軍事力が重要であることを安倍総理は分かっていました。だから防衛費をずっと上げてきたのです。こういった危機意識や覚悟を待った政治家は希有ですよ。
兼原 私はその場面におりました。安倍総理は習近平主席に「私の島に手を出してはいけない」と本当に言ったのですよ。そして「私の意志を見誤らないように」と続けたのです。台本にはない発言で、みんな驚いていました。習近平主席は黙ったままでしたが、私はちょうどその瞬間、たまたま習近平氏と目が合ってしまいました。習近平氏は静かに微笑していましたが、このまま憑り殺されるかもしれないと思うほど冷
たい視線でした(笑)。
プーチンや習近平は、日本が本当に軍事力を構えれば、真面目に交渉に乗ってきます。戦国武将のように力を信奉する人たちだからです。革命は銃口から生まれると信じた人たちです。愛とか自由とか、口でいくら言っても駄目なのです。
尾上 トランプ大統領が登場してきたとき、「自由で聞かれたインド太平洋」の旗の下に、先進7力国(G7)をまとめて、アメリカを繋ぎ止めたのは安倍総理がいたからだと思います。TPP(環太平洋パートナーシップ)にアメリカは加わらないというときも、CPTPP(アメリカを除く11力国が加盟)という形にして、なんとか繋いでいったわけですよね。そういう実行力なりビジョンを安倍総理は待った政治家だったと思います。
NSCを創設し、日本の危機管理体制や有事に必要な体制をいくつも整備されましたが、中でも私が一番重要だと思うのが平和安全法制です。「存立危機事態」という考え方を導入して、集団的自衛権の限定的な行使に道を開いたことは、すごく意味が大きいと思います。
もしこれがなければ、台湾有事が起きたとき、日本が攻撃されていないのであれば、一切関与することができません。その前段である米軍支援のための法制を根拠に、米軍支援だけを行う形になっていただろうと思います。
平和安全法制が整備されたとき、台湾をめぐる情勢はさほど緊迫しておらず、大きな議論になっていませんでした。そうした意味で、安倍総理は先見の明がすごくあったと思います。
岩田 集団的自衛権に関して、安倍総理は『新しい国へ』(文春新書)で、こう記しています。
「集団的自衛権の行使とは、米国に従属することではなく、対等となることです。それにより、日米同盟をより強固なものとし、結果として抑止力が強化され、自衛隊も米軍も一発の弾も撃つ必要はなくなる」
その認識の下で、安倍総理は平和安全法制を整備したのです。「支持率が10%落ちることも覚悟していた」ともよく仰っていましたが、それくらいの覚悟、危機意識だったのです。
日本のサイバー軍は「戦えない軍隊」
兼原 私が日米対中国の戦いで、一番脆弱だと思っているのは日本のサイバー防衛です。今の日本は本当にこれが駄目です。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)には100人ぐらい優秀な人材がいますが、そんな規模では戦争は戦えないのです。中国など、普通の国のサイバー軍にはハッカー部門だけで、5000人から数万人以上います。
日本には政府クラウドもありません。ものすごく堅いファイアーウォールでガチガチに守られた政府クラウドが必要です。これを破るのは人間ですから、セキュリティー・クリアランス(政府の機密情報の漏洩を防ぐため、機密情報を取り扱う人物などに対して、事前に審査する仕組み)をしっかり行うことが重要です。
先ほど申し上げたサイバー攻撃に対応するサイバー防衛隊には最低1万人は必要になります。ハッキングした相手を追跡して逆にハッキングして敵を突き止め、必要ならやっつける技術を待ったハッカーの子供たちです。日本国中にセンサーを配置して、日本中に流れる大量のデータをスパコンに入れて、中国、ロシア、北朝鮮のスパイウェアを見つけ出して、データベース化せねばなりません。そうすることで、敵のスパイウェアを児つけ出すことができるようになります。
たとえばワイパー型マルウェアというウイルスは、侵入してくるとハードディスクの中身を全部、書き換えたり消したりします。するとすべてのシステムが止まってしまいます。これを捕まえて敵が侵入して来た瞬間に1万人ぐらいいる若いハッカー兵士たちがいっせいに追跡して、発信元を特定する。このようにサイバー攻撃の犯行主体や手口、目的を特定する活動をアトリビューションといいますが、民間でもここまではある程度できるそうです。NTTのような一流企業にはけっこうノウハウもあると思います。しかし、敵は毎日、攻撃して来るので、敵の暗号を解いて、敵のコンピュータに入って反撃しなければいけません。その権限を持っているのは軍隊だけです。軍は偵察活動や暗号解読が仕事です。それは軍隊の正当業務行為です。日本でこれをやれるのは自衛隊しかありません。
そのために自衛隊のサイバー防衛隊が作られたのです。しかし、90人で立ち上がったサイバー部隊員は現在、わずか500人です。一方、水陸機動団はゼロから始まり、もう3000人です。水陸機動団はわずか10年で戦力化されたのに、サイバー軍はまったく戦力化されていません。
最大の問題は、「何人も、不正アクセス行為をしてはならない」と定めた不正アクセス禁止法や、コンピューターウイルスの作成などを罰する不正指令電磁的記録に関する罪が、平時の自衛隊にも適用されることです。この法律は少年ハッカーを処罰するものですよ。こんな馬鹿なことをやっているのは、世界広しといえども日本政府だけです。
サイバー空間の戦争は、平時に行われます。ウイルスは平時に埋め込まれるのが普通ですが、日本では自衛隊が平時にサイバー防衛をしてはいけないという制度になっている。
要するに日本のサイバー軍は「戦えない竹光の軍隊」なのです。
これを改正しないと、もはやどうしようもありません。私はこの法律を自衛隊にもかぶせたというのは、戦後の日本国法制の最大の失敗だと思います。内閣法制局の責任は大きいと思っています。自衛官を防衛顧問として雇うくらいのことをしないと、法制局は時代についていけないのではないか。
「戦争の大義」を中国に与えるな
尾上 ロシアに対してウクライナIT軍が攻撃を仕掛けるのは当然だとして、「アノニマス」のような集団がロシアに対してハッキングを行い、ウクライナを助けたというのは、明らかにウクライナ側に戦争の大義、モラルハイグラウンド(道徳的優位性)があったからです。ウクライナをサポートするという意識がハッキング集団にまで共有されたということだと思います。
中台紛争を考えたときに、中国は様々な言説を弄してハイグラウンドを取りにくると思います。中国国内には中国共産党の意図を受けてハッキングを仕掛けたり、サイバー攻撃を行ったりする一般民間人が何百万人もいます。これが国際的に広がったりすると、ものすごい数のサイバー攻撃が台湾や日本、アメリカに仕掛けられることになります。
そうさせないためには、大義やモラルハイグラウンドをこっちが取って、国際社会に訴える必要があります。
2022年8月に私たちが行った台湾有事シミュレーション(本書巻末に収録)を通じて、戦略的コミュニケーションが非常に重要なテーマになるという認識を持ちました。しかし、その認識を具体的にどういう形で進めていくかという案が、まだありません。早急にストラテジック・コミュニケーション(戦略的発信)体制を作って、普段から実践していくことが必要です。
インフラ担当の企業や重要な能力を持っている民間セクターを含め、国民の意識を変えるためには、政府がしっかり戦略的コミュニケーションを行っていかなければなりません。その点でメディアの役割は非常に大きいと思います。
兼原 だから三戦(法律戦、心理戦、世論戦)が重要なのですよ。中国の戦争は、私たちよりもっと統合的で、無手勝流です。孫子の兵法そのままです。軍事力だけではなく、持てる手段のすべてを動員して、戦わずして勝つことを狙うのです。
一方で日本は武門の国なので、いきなり戦争を考えます。嘘をつかないし、醜い口げんかはやらない国柄なので、国際的な発信力があまりありません。中国とはまずそこで差がついています。中国共産党宣伝部は、革命輸出、思想教育を担当する部署ですから、非常に重要な部署です。日本は戦前から広報・発信機能軽視で、宣伝を専門に担当する部隊もありません。中国共産党の宣伝部などは何兆円も予算を使っていると思います。
総理官邸の広報組織は内閣広報官です。これと一緒に、外務省の総合外交政策局、防衛省の防衛政策局、統幕の報道官、外務省の報道官らが集まって、NSCで協議したり広報作戦を定期的に練ったりしなければいけません。やろうとはしたのですが、実はやったことかありません。
戦前もそうでした。蒋介石は徹底的に宣伝工作を行い、偽の写真をばらまきました。画像を駆使した蒋介石の宣伝は、言語の壁を乗り越えて、恐ろしい勢いでアメリカに拡散しました。上海で男の子が線路で泣いている写真を使って巧みに南京虐殺を宣伝しました。蒋介石は、中国兵3人に日本兵1人と言われた中国軍の弱さを外交でカバーしようとしていました。米国やソ連や欧州諸国と日本を戦わせたかったのです。必死の蒋介石は写真を利用することを思いついたのでしょう。
武士の伝統が強いからでしょう。自己宣伝が日本は昔から苦手です。帝国陸軍中将の有名なせりふが残っています。「言挙げせぬは武門の誉れ」。つまり、言葉に出して言い立てることをしないのが美徳というわけですが、これでは駄目。しゃべったほうが勝ちです。それが国際社会です。また、有事のような混乱した事態では、質よりも発信量とスピードが重要なのです。
サイバー分野には、サイバーセキュリティとサイバー・イメージコントロールの2種類がありますが、日本は後者、つまり印象操作が圧倒的に弱い。そもそも発信量が、わずかしかありません。
尾上 中国軍の中には政治工作、情報工作を行う専門の部隊があります。彼らはその戦いをずっと行って来ました。三戦というのは、戦略的コミュニケーションそのものです。ところが日本にはこれに対抗する組織もなければ、宣伝戦を戦っているという発想自体がありません。だからやられ放題です。
台湾有事シミュレーションでも、それが大きな議論になりました。SNSのインフルエンサーたちを雇って発信してもらうといった、いろいろな案が出ました。臨時でもいいから専門の組織を設置しないと、戦略的コミュニケーションで負けてしまいます。
今はまだどのようなメディアを使って発信するのが効果的か、誰がコンテンツを作り、そのメッセージを誰に対して伝えるのかといった踏み込んだ中身がありません。組織を作ってもいきなりできるものではないので、日々、意識的に訓練していく必要があると思います。
中国は尖閣を必ず奪いに来る
兼原 今、中国と戦争になれば、自衛隊員の何割か命を落とし、何割かは戦闘不能になるぐらいの負傷をする。先島諸島の一部は取られるかもしれません。水上艦は全部なくなり、航空機も半分ぐらいがなくなるでしょう。日本は中国と、それくらいの差がついていると思います。
アメリカはどれほど本気で中国と戦うのかという問題もあります。核の先制使用まで考えて、絶対に侵攻させないという態勢をとれば、中国は攻めて来ないと思います。しかし、そうはなっていません。米中核戦争にならないように慎重に配慮しながら、台湾周辺の局地戦を通常兵器で戦うつもりです。台湾にハイマースを持ち込むなどと言っていますが、それで戦争は終わりません。米国だって航空優勢も海上優勢も完全には取れない戦争になる。前線国家である日本と台湾には、防衛上の大きな負担がかかります。国民への損害も大きなものになる恐れがある。米国は最後に勝てばいいと思っていますが、私たちは台湾戦争が始まったら困るのです。だから万全の抑止を求める。あまりエスカレーションを恐れて尻込みされても困る。米国は核兵器国相手だとひどく慎重になりますから。アメリカにはそれをわからせないといけない。
いざ戦争となると、中国もかなりリスクがあます。台湾を侵略したら中国だってひどいことになるのは確かでしょう。
その際、中国は尖閣諸島を奪いに来ると思っていたほうがいい。台湾も尖閣は台湾の一部だと言っています。中国が取りに来ない理由はないのです。自衛隊の兵力を割くための陽動だけでも意味がある。中国は必ず尖閣を取りに来る姿勢を見せるでしょう。尖閣は東シナ海の孤島であり、奪取して軍事拠点化すれば戦略的価値は高いのです。そうすると、日本では「日本領土の尖閣を守れ」という話になり、相当な軍事力、自衛隊の戦力を尖閣に割かれてしまうわけです。このように中国にとっては色々なメリットがあるので、尖閣奪取は仕掛けてくるのではないかという気がします。
尖閣を予め要塞化してこなかったのは、自戒を込めて申し上げますが、日本政府の責任だと思います。他国が自分の領土を狙ってきたら、その領土を要塞化するのが当たり前なのです。ロシアに奪われた北方領土も韓国にかすめ取られた竹島も武装されてしまいました。自分から一方的に敵が狙ってくる領土を軍事的真空にしておいて、「そこには来ないでください」といくら言っても無駄です。中国は自分が強くなるのを待っていただけで、国力の逆転と同時に、中国海警が尖閣諸島に襲い掛かってくるようになりました。他国の善意を信じるにも限度があります。度が過ぎれば、今の尖閣のような状況になるということです。国際社会は甘くありません。日本政府は尖閣諸島の管理に失敗したのだと思います。
台湾有事の際に、ロシアと中国が一緒に攻めて来るかどうかについては、私はないと思います。中口は決して愛し合ってもいないし、利害関係が相反しています。反米だけで両国は結託しているのです。大国間競争などと言って中国とアメリカが喧嘩し始めたとき、ロシアは内心、ほくそ笑んだでしょう。習近平国家主席がウクライナ問題に付き合わないのは、負けるロシアを捨てて、アメリカに恩義を売っておきたいからです。もちろん、ロシアが完全に凋落すると、中国一人でアメリカに向き合わなくてはならないので、ロシアには適当に頑張ってほしいと思っていると思います。これから、ポスト・プーチンがどうなるかにもよりますが。
政治が核議論を封殺
兼原 アメリカも中国も、プーチン大統領がウクライナを侵略して、核で恫喝するという事態など、まったく考えていませんでした。これまで国連安全保障理事会の常任理事国(P5)は、責任ある大国であって、そういうことはしないという前提でしたからね。
しかし、そのP5の一人であるロシアが白昼強盗を働いたわけです。そしてお巡りさんのくせに拳銃を打つと言い始めた。台湾有事になったら中国も同じことをやるかもしれない。日本は中国の核の恫喝に耐えられるのか。アジアにはNATOのような軍事機構がないので、主力の日米同盟が崩れたらアメリカは戦えません。
中国が日本の総理に対して「米軍に在日米軍基地を使わせるな。日本は絶対に台湾戦争に入って来るな。自衛隊が入ってきたら核を撃つぞ」と言って脅したとき、日本の総理大臣は何と言うのか。「アメリカの大統領に電話しました」とでもいうのか。アメリカに頼るだけでは無責任だと思います。安倍総理は核の共有を言いましたが、勇気があったと思います。
私はこの前、広島テレビに出演しました。私一人だけが「核の共有は必要だ」と言っていたのですが、驚くことに、広島の世論調査なのに25%の人が核共有に賛成なのです。広島ですよ。国民意識が本当に変わってきているのだと思いました。
どうすれば中国の核の恫喝に対抗できるのかということを、具体的なノウハウと一緒に国民に説明できるようにしなければいけないと思います。国民の命を守るという安全保障の本義を忘れて、「非核三原則は国是だ」というようなことを言っていたら、国体護持のスローガンの下で300万人が落命した戦前の過ちを繰り返すことになりかねません。核の議論は安全保障の一丁目一番地です。核の議論を封殺するのは間違いです。国民にはインフォームされる権利がある。それを封殺したらファシズムと同じになります。
実際のところ、核共有は難しいですが、日本の防衛力強化、抑止力向上は喫緊の課題です。日本が100発の巡航ミサイルを配備したとしても、中国は広大なので、怖いとは思わないでしょう。中国は日本を狙えるミサイルを1600発持っています。ですから、もし日本が極超音速のミサイルを2000発配備したら、体感的に怖いと感じると思います。そうしたことを日本はやらなくてはいけないと思うのです。
岩田 日本が核の議論ができないのは、安倍総理が言った「戦後レジームからの脱却」ができていないためです。今回のシミュレーションで出てきた問題点の1つが、政策決定に関わる者の専門知識の欠如と理解の深化がないということでした。一般国民も核を理解している人は少ない。だから、何かあったときパニックになってしまうのが今の状況です。
平素からあらゆる機会を通じて、国民の核に関する理解を広めなければいけないと思います。日本がアメリカに期待することと、アメリカが日本に期待することをしっかりと調整した上で、最終的に首脳レベルで核の傘を担保すべきだと思います。
安倍総理はこれをしっかり進めるために、亡くなる前に米国との核の共有の話をされたのだと思います。核共有の話が出た直後、TBSが行った世論調査によると、「核共有に向けて議論するべき」が18%、「核共有はするべきではないが議論はするべき」が60%でした。合わせると「議論すべきだ」というのは78%です。産経新聞は「核共有に向けて議論すべきだ」が20.3%、「核共有はすべきではないが、議論はすべきだ」が62.8%。合計すると「議論すべきだ」は83.1%ありました。どちらの調査にしても、国民の8割が議論したほうがよいという意見なのです。
ところがその直後、自民党内における議論で、自民党国防部会の宮澤博行会長は「議論はしない」と言って、たった1日で議論を終わらせてしまいました。これは民意を無視しているし、今後のことを考えれば、何も話ができていないというのは大変、問題だと思います。
5000億円が民間企業の技術者に1銭も回らない
兼原 NSC(国家安全保障会議)ができる前の安全保障会議(1986年設置)の時代から、安全保障会議設置法には、国の任務として「防衛産業大綱(産業等の調整計画の大綱)を定めよ」と書かれています。ところがこれまで一度もそれは書かれておらず、誰も作ったことかありません。そもそも防衛産業は日本の安全保障の基盤なのだから、防衛産業大綱がないというのがおかしいのです。
第二次安倍内閣でNSCに切り替わってからも書かれたことがありません。防衛産業を所管するのは、防衛装備庁と経産省製造産業局航空機武器宇宙産業課です。経産省と防衛省は結構仲が悪いので、両者の関係は微妙なのですが、大綱の策定を急いでやらなくてはいけません。
これまでは、軍需産業や防衛産業は特殊な世界で、普通の民間企業の技術者や学術界の科学者はかかわってはいけない世界だという意識がありました。村八分だったのです。戦後の非武装幻想、中立幻想時代の遺物です。しかし、「民生の技術を含めて科学技術全般の進歩は安全保障の基盤である」という議論が最近、ようやく出てきました。諸外国では当たり前の議論です。そして学術界の協力を得るために、安全保障上有意義な最先端技術の開発のために今回、岸田政権下で2年間で5000億円の予算が積まれました。
ところが、またそれを学術界への資金分配機関であるJST(科学技術振興機構)とNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)に回しているのです。学術界は日本学術会議が仕切っています。彼らは絶対平和主義で、左傾化も激しく、絶対に防衛に協力しないという人たちですよ。学術界は依然として左翼勢力が強く根を張っていますから、なかなか協力してくれません。科学技術研究資金を流す仕組みにも大きな欠陥があって、この5000億円は、防衛省の技術者や民間企業の研究室には1銭も回らないのです。
「今度はちゃんと学術界にも安全保障上の問題意識をもって研究してもらいます」と政府は言っているので、私たちも「頑張れ」と言っています。しかし、学術界ではなく、日本の優秀な民間企業のラボにも安全保障上有益な技術は山ほど眠っているはずです。防衛産業以外にも、日本の安全保障に貢献したいと思っている志のある民間企業の技術者はたくさんいる。ところがこの人たちのところには全然、お金が回らない。
他の国の場合、「先端民生技術はどのように安全保障環境を変えるのか、最先端の技術をいろいろと実験してくれ。これは安全保障上の研究だから政府が全部、資金を負担する」と言って、委託研究費が民間の研究者にポンと下ります。マーケットの存在しない最先端分野での科学技術研究に、安全保障を理由に政府が巨額資金の面倒をみるというのは、他の国では当たり前です。科学技術全般の進歩こそ安全保障の基盤であるという常識が日本には欠落している。そのために、防衛産業のみならず産業技術全般がどんどん衰退してしまうのです。
民間企業になぜ、安全保障目的の技術開発資金を入れないのかと言うと、その仕組みがないからです。防衛省の研究開発予算は今、1600億円しかありません。日本政府の研究開発費は4兆円ありますが、防衛省にはは1600億円しか回りません。アメリカは政府の科学研究予算20兆円のうち、10兆円が国防総省に回ります。
あるメーカーにいる私の友人はそれを聞いて驚いていました。日本の普通の企業よりもはるかに研究開発費が少ないのです。4兆円のうちの1兆円を防衛省に回して、防衛省が民間企業に委託して、安全保障に貢献し得る技術をどんどん開発してもらう。その技術を途中でさらにバージョンアップして、完成品にしなければいけないと思います。そういう仕組みにしないのは、文部科学省や経済産業省に安全保障に関する責任感や軍事問題に関するリテラシーがないからです。これは敗戦国となった日本に特有の国家としての大きな歪みです。
さらに、日本では兵器を製造しても収益率が低いために儲かりません。作っても儲からないので、コマツは撤退しました。三菱重工は頑張ってくれていますが、しかし株主総会では「SDGsの方に力を入れよ」と言われているわけです。日本の一流企業に、国家安全保障は儲からないと言わせるのは、政府の恥です。予算がないので、単価を削りまくるから、防衛装備品の製造が儲からないのです。これを大きく変える必
要があります。
防衛問題の多くは、突き詰めれば最後はお金の問題なのです。日本国の予算配分のプライオリティの問題です。日本政府は、防衛以外の分野では何十兆円も平気でばらまきます。コロナで80兆円ばらまきました。この国のプライオリティはどこにあるのかということです。
日本の勝利とは何か
兼原 最後に「日本は勝てるのか」についてです。アメリカと組んで、日本の腰が砕けずにいたら、中国の台湾戦争は抑止できる。もし始まっても勝てると思います。しかし日本の腰が砕けたら、日米同盟側が負けてしまいます。
問題は、日米同盟が台湾有事で勝つかどうかということよりも、勝った後にどのくらい日本がボロボロになっているかということです。九州や沖縄が丸焼けになって、東京に核兵器が飛んで来るような状況になるのであれば、たとえ勝ったとしても戦争をやる意味がありません。
そうさせないためには、戦争を抑止しきるしかありません。どんなにお金がかかっても万全の準備をするしかありません。日本が相当の緊張感を持って、アメリカを引き込んで構えていないと、戦争が本当に始まってしまいます。しかし日米が準備をしてしっかり構えていれば戦争は始まりません。もし始まったとしても、最小限の被害で勝てます。習近平国家主席にしても、戦争をしても負けると思えば、手出しをしません。
武居 私も日本政府に「死ぬまで戦う」という胆力があれば、勝つことはないとしても、負けることはないと思います。内閣総理大臣の胆力が全てだと思います。
尾上 ずるい言い方かもしれませんが、台湾有事が本当に現実のものになったら、勝者はいないと思います。今のウクライナやロシアを見ていても、被害を受ける人たちばかりです。
そのためには「勝つ」というより、そうした事態を絶対に起こさせないことが大事です。
中国がもしも、軍事的冒険に出たときには、断固として拒絶し目的を達成させないようにしなければなりません。日本にとって一番、被害が少ない形で、それをいかに達成するかを、われわれは追求すべきです。
「勝つ」と言っても、中国の共産党政府を倒したり、台湾の独立を助けたりすることが勝つことではないと思います。日本が「勝つ」とは、シーレーンを含めた国益をなんとしても守るということです。中国の一方的な現状変更を拒否することです。
そのためにはアメリカと一緒になって、中国と戦える体制を構築し、戦争を阻止するぞという強いメッセージを送ることです。私は日本はそれができると思います。習近平氏の計算を出来る限り複雑にして、中国のリスクとコストをどんどん高めていけばいい話です。すぐにそれに着手するべきだと思います。
岩田 戦わずに勝つ、つまり抑止する。それが一番、大事なことです。戦争は敵の指揮官の過信と誤算から始まります。過信と誤算を起こさせないために、日本は本当に戦う気があるぞ、強いのだぞというふうに敵に思わせなければならない。日本の本気度を示さなければいけないと思います。
ウクライナ戦争がそうですが、最初からゼレンスキー大統領をはじめ、キーウ市長らは「絶対に逃げないで最後まで戦うぞ」という姿勢を示しています。この意志が国民を1つにまとめて、一人ひとりが団結し、外に逃げていた人たちも母国に帰って来させました。だから負けないのです。
戦争が起きる前から、日本国民の本気度を示せば、習近平国家主席も過信と誤算に陥ることはありません。そのためには4年以内に、今やろうとしている防衛力強化をきちっと進めることが大切です。それが戦いを起こさずに、抑止によって勝つということだと思います。
日本だけで戦って勝つことは、はっきり言って無理です。われわれの本気度によって、アメリカを引き寄せなければなりません。アメリカは民主主義国家ですから、そのときの政権が内向き志向に変わってしまえば、そちらに引きずられてしまいます。バイデン大統領がウクライナに派兵しないと言ったのは、世論調査で国民の6割から7割が「派兵すべきではない」と答えたからです。
日本は、アメリカの世論に「日本は我々が守るべき価値がある国なのだ。日本も自らの血を流しても、国を守る意志を持っている」と思わせるように、本気度を示さなければなりません。それが防衛力強化に結びつきます。核も含めて、アメリカに本気度を示すことです。まだまだアメリカに対しても国民に対しても、それが示されていないと思います。
「日本の意志」を示せ
兼原 日頃から万全の即応体制を組んでおく必要があります。敵がこう来たら、こっちはこう出るぞと構えておくことが大事です。隙があると敵がそこを突いて出て来るので、隙を見せてはなりません。日米同盟側が隙なく構えていれば、中国は台湾にも出て来ません。
尾上 その通りだと思います。しかし、日本は「アメリカはこうするだろう」と考え、アメリカは「日本はこうしてくれるだろう」と考えているという思い込みの違いが結構、あるのです。
本書の冒頭で紹介したアメリカのインド太平洋空軍のACE構想を聞いたときに、私は「アメリカはそうだったのか」と驚きました。アメリカも政治的な動向や国内世論によって変わっていきます。だから常にお互いがどのように考えているのか、こうなったときはどうしようと思っているのか、ツーカーで分かり合える関係を築いておく必要があります。同床異夢になって、何かが起きたときに慌ててしまうということは一番、避けなければいけません。
日米は2プラス2などを通じて、基本的な考え方の疎通を図る努力をしています。しかしもっと具体的に、個別の事態が起きたときに日米共同でどのように対処するか、役割分担をどうするかという議論を深めていく必要があると思います。
岩田 2023年の早いうちに日米ガイドラインで明確化した上で、それを日米共同作戦計画に反映させて、認識のギャップを埋める必要があります。そして本当に戦える体制を作る。それを中国に見せておくことが抑止なのです。
兼原 さらにその上で、キーンエッジ演習を行って初めて相手に日本の結束力が伝わります。
問題なのは、原子力災害と大地震災害の演習は年に1回、総理官邸で全閣僚が出席して行うのに、有事に関する閣僚演習は全くない。お花畑のままです。しかも自衛隊が行う大規模演習にも閣僚が絶対に出てこない。自衛隊は毎年、有事や大規模災害に関する演習を行っていますが、閣僚はおろか、各省庁の局長さえ誰一人来ません。マスコミに戦争の準備をしていると言われて叩かれるのが怖いからです。政治家がそれを怖れてはいけませんよね。
毎年、関東大震災の日に行われる演習には全閣僚が参加します。日本の内閣は顔ぶれが頻々と変わりますが、新しい大臣でも、大災害のときに自分かやるべき作業が何なのか、そこで初めて気がつきます。ところが有事の演習は1回もやったことがない。
戦争が始まったとき、多くの閣僚は、自分は何をするのか分からなくなって右往左往するでしょう。電波、エネルギー、交通機関、港湾、空港をどうするのか。国民をどう避難させるのか。実は多くの政治家が何も知らないのです。
NSCでは実はいろいろな議論が行われますが、中身は秘密にされています。本当はもっとオープンにしてもいいと思いますよ。
尾上 オープンでいい。認知戦を考えた場合、国民がどういうふうに反応し、どのような対応をするかを知っておくのは非常に重要な作戦の一部になります。議論に国民も巻き込んで、全員でやらないと有事対応のレベルは上がりません。
兼原 最近、いろんなところで講演をしていると、驚くべき反応が返ってきます。「ゼレンスキー大統領は自分で国を守るという意志を見せているから、諸外国が団結して助けるのだ」と私か言うと「自分の国は自分で守らないと駄目です。ウクライナ軍の戦いを見てそれが腹落ちしました」と言う人が結構いるのです。
日本でも国民意識が変わって来ているのです。日本はもともと誰にも寄りかからない独立不羈の武士道を尊ぶ国でしたから、少しずつ国民がサムライに戻ってきているように感じます。政界、官界の方が遅れている。
岩田 安倍総理から「日本は勝てるのか」と言われましたが、この質問をしたのは、これまで安倍総理一人だけです。
習近平国家主席に過信と誤算を与えない。その抑止のために一番大事なことは、日本の首相による習近平氏への直接の言葉だと思います。安倍総理は習近平氏に対して尖閣に対する「日本の意志」を明確に示した。私の意志を「見誤ってはいけない」とはっきり言ったわけです。これを言えるのは安倍総理だけでしたが、今後も総理大臣は相手に過信と誤算を絶対にさせないことです。われわれは南西諸島を守るし、台湾海峡の現状は維持されるべきであり、台湾の武力統一は認めないということを明確に言い続けることが大事です。