目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画
世界中で進行中だと言われる中国による浸透・支配活動、日本とオーストラリアとどちらが深刻なのでしょう・・・。
日本も相当やられていると思いますが、既存メディア等では表立っていないのではないでしょうか。
ネット上では中国の脅威を訴える論者の解説も少なくなく、そういう指摘と照らし合せてみても、日本でも本書で書かれているような「目に見えぬ侵略」が盛んに行われていると想像できます。
もう手遅れなのかもしれませんが、もしかしたらまだ間に合うかもしれません。
中国のオーストラリア支配計画の一端を知ることは、日本支配計画に対抗するための一助になるのではないでしょうか・・・。
もっとも、中国に飲み込まれ、中国式共産主義の下で生きるほうが日本の幸せだとの考え方もあるわけで、そういう人々は中国の日本支配を望んでいるのだと思います。
ただ、「百年国恥」を晴らそうとしている中国がどこの国を一番叩き潰したいかというと、それは日本なのではないかと想像します。
そういう教育もしているようですし、中国の支配下になった時には、日本人が人間らしい暮らしをさせてもらえるのかどうか疑問に感じます。
クライブ・ハミルトンさんの「目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画」を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。
目次
日本語版へのまえがき 008
序 012
第一章 オーストラリアを紅く染める 016
属国化戦略/脅かされる自由と主権/共産党と中国人・中国国家の同一視
第二章 中国は世界における自国の立場をどう見ているのか 025
共産党のイデオロギー教育/洗脳された生徒たち/党は国民そのもの/「病人」には決して戻らない/「ねじれた愛国主義」/偉大なる復興/オーストラリアヘの領土的主張
第三章 僑務と華僑 045
華僑の動員/ボブ・ホークのプレゼント/オーストラリアで活動する中央統戦部/中国系オーストラリア人の抵抗/「中国人らしさ」を巡る争い/中国系の「ハンソン主義」/ニュースの統制/中国の「声」/中国の法律の範囲の広さ/「彼らはやりたい放題だ」
第四章 黒いカネ 083
中国における黄向墨/中国の縁故資本主義/習近平の汚職追放運動/オーストラリアの黄向墨/超党派の「関係」/周澤栄/祝敏申/祝敏申とオリンピック聖火リレー/ダスティヤリ事件に祝敏申が果たした役割/政治的な装置
第五章 「北京ボブ」 131
「中国×××」研究所/窮地に立たされる豪中関係研究所/中国の「心の友」/メディアとの取引/騙されやすいジャーナリストたち
第六章 貿易、投資、統制 153
われわれはどれほど依存しているのか?/党・企業複合体/北京の対オーストラリア戦略/貿易政治/投げ売りされる天然資源/エネルギー関連のアセット/港湾と空港/一帯一路/オーストラリアにおける一帯一路とのつながり
第七章 誘惑と強要 183
巨額の入札競争勝利/オーストラリア内の中国の第五列/「中国こそがわれわれの運命」/ノルウェーとダライ・ラマ効果/中国の地経学/オーストラリアヘの強要
第八章 新旧のスパイ 206
ASIOへの諜報活動/1000人のスパイと情報提供者たち/ファーウェイとNBN/ファーウェイの浸透範囲/ハニートラップ/フィッツギボン-リウ(劉)不倫事件/ハイクビジョン(海康威視数字技術)/サイバー窃盗/人種プロファイリング/サイバー戦士たち
第九章 「悪意あるインサイダー」と科学機関 241
「一万人の華僑動員」/ヒューミント(ヒューマンインテリジェンス)/プロフェッショナルたちの集まる協会/オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)/データ61(Date61)
第十章 オーストラリアの大学で「魂に工作する」 269
大学での思想工作/思想管理/人民解放軍をアップグレードするための資金提供/洋為中用:外国を中国のために使う/人民解放軍とさらなるコラボ/ニューサウスウェールズ大学で中国のたいまつを掲げる/人種的な飛び地/「アカデミック・マルウェア」としての孔子学院 われわれのクラス内にいる共産党/愛国的な学生たち/「告発して報告せよ」/いかに対処すべきか
第十一章 文化戦争 314
買い取られるオーストラリア/ある中国人の見解/鄒莎の金/不動産の災い/愛国的な作家たち/神を仲間に引き入れる/ANZACS(オーストラリア・ニュージーランド連合軍)の中国人/オーストラリアの人民解放軍/デジタル全体主義/北京の南極計画
第十二章 中国の友人:親中派 347
チャイナ・クラブ/ウブな人々/いわゆる「現実主義者」たち/降伏主義者たち/実践家たち/親愛なる友人たち/宥和主義者たち/民主制度に反対するオーストラリア人たち
第十三章 自由の価格 374
謝辞 382
監訳者解説 384
脚注 426
日本語版へのまえがき
北京の世界戦略における第一の狙いは、アメリカの持つ同盟関係の解体である。その意味において、日本とオーストラリアは、インド太平洋地域における最高のターゲットとなる。北京は日本をアメリカから引き離すためにあらゆる手段を使っている。北京は、日米同盟を決定的に弱体化させなければ日本を支配できないことをよく知っている。主に中国が使っている最大の武器は、貿易と投資だ。北京は「エコノミック・ステイトクラフト」(経済的国政術)というよりもむしろ「エコノミック・ブラックメール」(経済的脅迫)の使い手であり、中国と他国との経済依存状態を使って、政治面での譲歩を迫っているのだ。すでに日本には、北京の機嫌を損なわないようにすることが唯一の目的となった財界の強力な権益が存在する。中国共産党率いる中国との貿易と投資に関する協定が日本にとって「毒杯」となりうる理由は、まさにここにある。
北京は、増加する中国人観先客や海外の大学に留学している中国人学生たちを通じた人的な交流さえも「武器」として使っており、中国に依存した旅行会社や大学を、自分たちのために働くロビー団体にしている。貿易や投資の他にも、中国は海外での政治的な影響力を獲得するために技術面での依存関係を利用している。だからこそ北京は、世界の国々でファーウェイに5Gネットワークを構築させようしているのだ。ファーウェイがサイバー空間を通じたスパイ活動に使われていることを示唆するケースは世界中で報告されている。しかし、西側諸国の戦略担当者たちは、いざ紛争になった時に、北京がファーウェイの機器を使って通信ネットワーク ―― 当然ながら交通、電気、そして銀行などのネットワークも含む ―― を遮断して相手に障害を与える可能性の方を心配している。たしかにこれは単なる可能性の話ではなく、武力紛争が近くなれば、ほぼ確実に起こるものとみられている。習近平国家主席の「軍民融合」を推進する計画には、中国の民間企業を人民解放軍の軍事的シナリオ構想に組み入れることも確実に含まれている。
日本では、数千人にものぼる中国共産党のエージェントが活動している。彼らはスパイ活動や影響工作、そして統一戦線活動に従事しており、日本の政府機関の独立性を損ね、北京が地域を支配するために行っている工作に対抗する力を弱めようとしているのだ。
その一例として、人民解放軍の外国語学校の卒業生が、長年にわたって日本で貿易会社を隠れ蓑として運営しているケースがある。彼は日本国内で、人民解放軍の士官学校出身者で構成される広範なネットワークに所属しており、中国共産党の海外工作機関と秘密裏に連絡をとりあっている。彼は徐々に、影響力をもつビジネスマンや保守的な政治家たちとのコネづくりを進めており、ビジネスマンや芸術家、ジャーナリスト、そして役人などを中国に訪問させて「中国の友」となるように育てるのだ。すると彼らは次第に「中国の視点」から世界を見るようになり、日本に帰国すると公私にわたって「両国は密接な関係をつくるべきであり、北京を怒らせるようなことは何であっても日本の利益にならない」と主張しはじめる。
この二国の長く困難な歴史的な関係において、北京は日本のリーダーたちと友好関係を求めつつも、憎悪に満ちた反日ナショナリズムの突発的な盛り上がりを認可するような矛盾に陥ることが多い。中国国民の間で反日憎悪を維持することは、中国共産党にとって政治的にも大きな価値がある。なぜなら、党の正統性は排他的な愛国主義の感情を扇動して利用できるかどうかに大きくかかっているからだ。国家的な屈辱の感情を維持できる限り、中国共産党は自分たちを「中国の人民の尊厳を守るための担い手」と見せかけることができる。ただし中国共産党は、当然ながら中国人民の尊厳と権利を毎日踏みにじっており、しかも最も残酷な形で行っていることも多い。新疆ウイグル自治区におけるウイグル人やその他のテュルク系を収容する広大な強制収容所は、その典型的な例だ。
それでも中国共産党は自らを省みることなく、西洋の社会正義に対する真摯な意識を利用することで、中国人自身に対して行われた歴史的な蛮行を冷酷に利用してきた。これは「中国」への同情を獲得するため、そして日本の外交努力を阻害するために実行されたのだ。西側の多くの政治家や、善意を持った白人の活動家たちはみすみすこのワナにかかってしまい、自分たちは自国で中国系市民との連帯感を示すために活動していると信じ込んでしまっている。
北京は西側諸国の間を仲違いさせるように積極的に活動している。だからこそドナルド・トランプ大統領の孤立主義と同盟国との仲違いは、貿易戦争にも関わらず、中国共産党の野望にとって、またとないチャンスとなっているのだ。北京の共産党の戦略家たちは、2020年後半にトランプ大統領が再選されることを望んでいるはずであり、その選挙運動を隠れて支援しているものと思われる。アメリカ大統領も同じように中国側からの工作をはねのけようとしている。したがって北京にとって最大の脅威は、アメリカで思慮深い戦略的なアプローチを採用した人物となる。ただし本稿が書かれている時点では、習近平の頭を最も悩ませているのは新型コロナウイルスだ。
ヨーロッパはアメリカという偉大な同盟国から関係を突き放されたと感じており、その同盟相手を中国にシフトさせる危機に直面している。イギリスはすでにその方向で動いており、これは世界における民主制度や人権にとって大きな危機となるだろう。われわれは非常に大きな力を待った、世界覇権国になろうと決意している専制国家に直面している。あなたにアメリカが世界で果たしている役割について何らかの批判があるとしても(そしてそのうちの多くは実際に深刻なものだが)、習近平率いる中国は、自由を信奉する人々にとって、はるかに悪い選択肢となるはずだ。
2020年2月 クライブ・ハミルトン
「ねじれた愛国主義」
愛国主義を煽る中で、中国共産党はまるでそれが「虎に乗ること」に似ていることに気づいた。
中国人が触れるあらゆるメディアを通じた25年間にわたる愛国教育のおかげで、国民の一部は犠牲者としての感覚や民族主義的な怒りを大きく吸収し、外国によるわずかな侮辱に対しても過剰に反応するようになったのだ。ネット上の「紅いブロガー」と呼ばれる人々は、少しでも独立を推進しているとみなされる台湾のウェブサイトに対して、勝手に連携しながら攻撃を行っている。2012年には尖閣諸島をめぐって日本と緊張が高まったことを受け、中国国内の数十都市で民族主義的なデモ隊が暴動を起こしている。デモは政府によって制限を受けているはずだが、日本食レストランやスーパーマーケットは襲撃され、日本車は破壊されてパナソニックの工場は放火されている。警察は暴動の鎮圧に手間取っており、ある集団は広州のホテルの屋上によじ登り、国旗を振り、国歌を歌いながら「日本よ中国から早く出ていけ」と叫んでいる。
政府は制御できなくなったため、一斉検挙を開始した。ところが大衆の怒りは収まらず、党の指導者たちは存在しない「日本の帝国主義」に対して、さらなる抵抗の意を表明する必要に迫られた。ナショナリズムの火を煽ってきた習近平主席は、それを自らの行動で証明する義務があり、それをうまく実行しているように見えた。そしてこれは「中国が積極的に他国と争う」ことを意味したのだ。
2016年の南シナ海に関する国際仲裁裁判所の判決の後には非公式なデモが発生すると予測されたため、国営メディアはKFCのレストランの外で計画されていたデモに警告を発した。抗議する人々の中には、すでにKFCの客に対して「非国民的だ」と説教している者もいた。チャイナ・デイリー(中国日報)は「正しい愛国主義」と「国家への害となる自国優位主義」を区別する社説を掲載した。iPhoneを叩き壊している写真をネットに上げた若者たちは、誕生以来強烈なナショナリズムを教えられてきた「怒れる若者」として(皮肉ではなく真面目に)描かれている。中国共産党は2017年に「国民の愛国主義と社会の安定との間の関係を適切に処理するため」に大衆による騒乱を初期の段階から摘み取ることを宣言しているが、これはおそらく北京がさらに拡大主義的な政策を進めていくことでさらなる暴動の発生を予期しているからであろう。
超国家主義的な環球時報でさえも、自分たちが煽ってきた愛国的な敵意を抑え込む必要に気づいている。2016年12月に反日デモの参加者たちが起訴された時、同紙は「ねじれた愛国主義」の危険性を警告している。
オーストラリアのように、中華系コミュニティの一部で中国共産党への忠誠を維持している人々がいる国では、このような妄想的な危険な感情や傷ついた民族の誇りというものが実際に行動として現れている。上海のある年長の学者が私に教えてくれたように「彼らは愛国的であれば何をやってもいい(愛国無罪)と思っている」のだ。
華僑の動員
華僑の地位が上がり、彼らが民族意識に目覚めるにしたがって、中国の発展と進化を進めるために、彼らの権力をまとめようという欲望が生まれ、それを実行するだけの能力を持つようになるだろう。
右の国務院僑務弁公室副主任・何並非(フー・ヤフェイ)の言葉で明らかになったのは、共産党の世界的な台頭の野望を実現する上で、海外の中国人(華僑)が果たすべき決定的な役割である。中国共産党は華僑に対する態度を、2000年に試験的に、そして2011年には完全に変えた。それは距離をおく姿勢から「海外のすべての中国系の人間を一つにして受け入れる」というものにまで変化している。
世界に広がる500万人以上もの膨大な華僑を動員するために、中国共産党はいくつかの資金豊富な機関によって実行される、華僑を狙った多方面にわたる極めて精緻化されたプランを作成しており、このターゲットには100万人を超えるオーストラリア在住の中国系市民も含まれる。
このプログラムの歴史、目標、計画や戦術は、ニュージーランドの中国の民族問題を専門とする学者である杜建華(ジェームズ・トウ)の、かなり入念に調査された重要な博士号論文を元にした研究の中で詳しく説明されている。この研究はオーストラリアの中で何か起こっているのかを知る上で欠かせないものだ。杜建華が、中国共産党の対華僑政策とその実践の実態の詳細を調査できたのは、北京にある多くの機密文書にアクセスできたからだ。華僑の管理は「僑務」として知られ、これは「社会のあらゆる階層の華僑の取り込みと協力、状況や構造的な状態が中国共産党の望むものになるよう、インセンティブや抑制を通じて彼らの行動や認識を管理することを含む、莫大な工作」と説明することができるだろう。
杜建華のショッキングな説明を読むまで、私は海外における中国共産党の狙いが何なのか、完全にはわかっていなかった。私はその多様なプログラムの主な目的は、反体制派や批判的な声に対抗したり封殺することにあると思っていた。ところがこの「ネガティブ」な目標には「ポジティブ」なカウンターパートがいた。つまり、華僑を使ってオーストラリア国民全体を親中的にし、北京がコントロールしやすいように社会を変えていくというのだ。そうなればオーストラリアは中国がアジア、そして最終的には世界の覇権国となるのをアシストするようになるというのだ。
「僑務工作」は、たとえば豊かな中国のビジネスマンが、われわれの政治体制において献金やネットワーキングを通じた影響力を持っているような、われわれが知るべき文脈を教えてくれる。この文書が暴いているのは、僑務工作が長期的にみると中国系の人々を組織票として動員することや、中国共産党に忠実な中国系の議員を当選させたり、政府高官を送り込むことが含まれていることだ。
実際のところ、北京はオーストラリアのことを、ニュージーランドと並んで、西洋諸国の中の「最弱の鎖」であり、アメリカの世界的な展開を断ち切り、習近平の「中国の夢」の実現を助ける戦略を実験する理想の場所だと見なしている。中国共産党が2000年代以前の政策とは正反対に、中国系の移民を奨励するようになったのは、まさにこの理由からなのだ。そして北京がオーストラリアのような国に対して、自由貿易交渉の一部として労働市場の規制の緩和を積極的に推し進めている理由もここからわかる。オーストラリア国内に北京に忠誠を持つ中国人が増えれば、北京はますますキャンベラ政府に対し影響力を発揮できるようになるからだ。
2006年に書かれた国務院の文書では、合法よりも違法に中国を離れる移民の数の方が多いと記されている。中国は「違法移民を抑える努力をしている」というが(これには汚職、もしくは汚職をしたと言われている政府の役人やビジネスマンが含まれる)、中国共産党の上層部はこのような事態から目をそむけていると批判する人物もいる。たとえば杜建華はフィジーの首都スバに、2000年代初めから、中国の観光ビザや学生ビザで入ってきた女性たちが働く「中国人専用」の売春宿があり、彼女たちはそこで働きながらオーストラリアに入国しようとしていると報告している。ちなみに2017年には中国国籍の77人が娼婦だと指摘され、フィジーから国外退去の措置を受けた。そして中国の警察が、顔を隠した彼女たちを家から連れ出して飛行機に乗せたが、これはフィジーの主権の侵害ではないかとの疑問が巻き起こった。すべての文書を検証した後に杜建華が結論づけたのは、北京は違法移民に関して緩やかな態度をとっているというものだった。もちろん「下層の教育のない」違法移民の倫理観のなさや利用価値について心配する向きもあるが、党幹部たちは違法移民の必要性を感じているようであり、それは10年や20年たてば出先の社会に受け入れられ、党にとって有益な存在となるからだ。
僑務について詳細に見ていく前に、われわれの直面している問題を理解するため、まずはオーストラリアの歴史の一部を簡潔に振り返ってみよう。
メディアとの取引
2016年5月、中国共産党の幹部たちが、ほぼお忍びという形でオーストラリアを訪問した。中国共産党中央政治局のメンバーの一人で、党中央宣伝部部長でもあった劉奇葆(リュウキホウ)は、中国のトップ25位に入る人物だ。中央宣伝部は過去25年間に中国を大きく変えた、愛国教育運動を担う部署だ。ここは同時にメディア検閲も担当し、編集担当者たちを強制的に毎週集めて、言って良いことと悪いことを指導する。国外では中国の「政治戦」工作を遂行する役目を負っており、これには外国の企業、大学、そしてメディアのエリートたちに影響を与えるメソッドも含まれる。このエリートたちは、訪問事業や交流事業、それに共同研究計画などを通じて招かれることになる。
経験豊富なジャーナリストでも見抜くのが難しいこの動きの中で、劉奇葆はオーストラリア滞在中にオーストラリア主要メディアと6つの合意を取り交わしている。これは中国共産党から提供される資金と引き換えに、新華社通信や人民日報、そしてチャイナ・デイリーのようなメディアからの中国の宣伝を発行するものであった。メディア王マードックが部分的に所有しているフェアファックスとスカイニュースは、中国のニュースストーリーを掲載したり放送したりすることに合意している。シドニー・モーニング・ヘラルド紙、ジ・エイジ紙、そしてオーストラリアン・フィナンシャル・レビュー紙は、チャイナ・ディリーが提供する毎月発行の8頁にわたる折り込み記事を掲載することに同意している。
この訪問は、オーストラリア外務貿易省の現役次官だったゲイリー・クインランが歓迎的に見守る中で実行された。この主要メディアとの合意は、100億ドルの予算を持つと言われる中国の海外宣伝工作にとって大成果だった。このニュースはオーストラリア国内ではほとんど気づかれなかったが(結局主要メディアはカネを受け取ったからだ)、ジョン・フィッツジェラルドは中国国内で「党はこの合意を、世界の世論を変えるための海外宣伝工作の一つの勝利と吹聴した」ことに気づいている。フェアファックスは北京特派員のフィリップ・ウェンによる記事で合意に関するニュースを流した。結局、これを報じないわけにはいかなかったのである。
オーストラリアの最も優れた中国メディア研究家であるフィッツジェラルドとワニング・サンは、「レーニン式のプロパガンダ体制は、大衆の口を通じて大衆を説得するのではなく、他者に本当に重要なことを報じないよう脅したり困惑させることで成立するのだ」とコメントしている。この合意は、中国が西洋諸国の体制のオープンさを利用した例であると同時に、主要メディアの財政状況の悪さを示していた点で衝撃的だった。合意について何ら反対がなかったという事実 ―― つまり大国で、報道の自由ランキングで180カ国中176位の国がわれわれのメディアに影響力を持つようになったこと ―― は、われわれが頼っている制度そのものの弱さを映し出しているのだ。
2015年11月、ボブ・カーは北京で中央宣伝部副部長の孫志君(サンジジュン)と会っている。この会合を報じた中国側記事は「両者は中国とオーストラリアのメディアの間の友好的な関係を強化し、二国間関係の協力と交流を深化させる」と書いた。また両者は「二国間における関係推進や、それ以外の話題についても意見を交わした」。この会合には宣伝部の「幹部たち」に加え「全中国記者協会」の高官たちも出席していた。
投げ売りされる天然資源
オーストラリアは長年にわたって、中国からのあらゆる投資を、まったく疑うことなく歓迎してきた。公的に懸念を示すと「外国人恐怖症(排外主義)」として軽蔑の的となり、情報機関からの警告は[冷戦思考だ」と退けられてきた。経済学者、財界、政界のエリートたちの間では、自分たちを「最もオープンな経済」と示すことがまるで聖書であるかのような扱いになった。この点に関して、アメリカ政府は守りを固めることを学んでいる。たとえば彼らは、中国企業が軍事施設に近い場所の土地や港、それに産業施設を買収しようとしていることを察知している。ある企業は米海軍の兵器システム訓練基地の隣に風力発電所を建設しようとしている。ところがわがオーストラリアは、人民解放軍と関連した企業が、オーストラリアの北辺の防衛にとって決定的な港を購入することに対し呑気に構えていたのだ。
しかし2016年、ターンブル政権はオーストラリアが問題を抱えていると気づいたようだ。「中国に特定のアセットが買われてしまうと国益を損なう恐れがある」という数多くの情報通による警告は、ようやく聞き入れられたようだ。ターンブルはインテリジェンス関連のブリーフィングで説得され、彼の政権としての最初の行動は、何年も機能していなかった「外国投資審査委員会」(FIRB)を強化することだった。ダーウィン港の中国企業への売却に関するアメリカからの抗議が警鐘を鳴らすことになったのだ。ターンブル政府はオーストラリア安保機構(ASIO)の元長官と、デビッド・アーヴァイン元北京大使を外国投資審査委員会の委員に任命し、国家の安全保障上の懸念を最優先すべきという指示を下した。さらにその重要性がわかるのが、2017年、委員長だったブライアン・ウィルソンが、アーヴァインと交代させられたことだ。ウィルソンは委員長を務めている間に、アジア系の会社の買収に特化した民間金融会社に籍を置いていたと批判されたからだ。
2017年1月、豪政府は「中枢インフラセンター」という組織を、財務省やオーストラリア保安情報機構のような複数の省庁から人材を引き抜いて新設し、発電や港湾、そして水道関連のような国家の安全に関わる、海外の人間に買われる可能性のある施設を登録する制度を作った。これによって外国投資監査委員会は簡単に基準を見て判断できるようになる。
これら新設され、強化された機関が、この問題に対処できるだけの予算や人員、それだけの決意をもって取り組むことができるかは誰にもわからない。同じことは、連邦政府そのものにも言える。結局、オーストラリアの二大政党は中国の献金者たちとのつながりや、北京に忠誠心をもった人々による浸透工作によって、かなり深刻に屈従させられているのだ。すでにいくつかは手遅れになっており、たとえば中国の「党企業複合体」によるオーストラリアの重要なアセットヘの浸透は、ほとんどの人々が考えるよりも深刻な状態だ。徹底的な調査は不可能になっており、その理由は、どの機関も記録をとっていないからだ。ただしその雰囲気だけは、以下のいくつかの事例でおわかりいただけると思う。
巨額の入札競争勝利
2002年8月、オーストラリアのメディアは、同国を中心としたコンソーシアムが激しい競争の中から広州省に天然ガスを供給する契約を勝ち取ったとのニュースを嬉しそうに報じた。当時首相であったジョン・ハワードは、250億ドルのガス供給案件を勝ち取ったことは「金メダル級のパフォーマンス」で、これは中国と密接な関係を築いた成果だと宣言した。オーストラリアの案件を有利に進めるため、ハワード首相は他の世界のリーダーの誰よりも江沢民主席と会っていた。この入札競争はかなりの接戦で、合意のわずか二週間前には、オーストラリアがカタール、マレーシア、ロシア、そしてインドネシアに勝てる見込みはなかった。ところがオーストラリアは勝利し、それ以降、財界では勝者としてのハワードの持つオーラは色あせていない。
人民日報の報道(おそらく笑みを必死に抑え込みつつ)によれば、「オーストラリア側は単一のものとしては最大の輸出案件を得たことで興奮を隠せない様子だった」という。オーストラリアは祝杯をあげていたが、実際、これは北京に操られていたと言えるものであり、それ以降もオーストラリアは操られ続けているとも言える。当時、中国のシドニー領事館で政治担当の職員だった陳用林はこの一連の動きを内側から見ていて、後に内実を暴露している。それによれば、北京側はすでに最安の契約案を提示してきたインドネシアに契約を与えるつもりだったが、北京の共産党中央委員会がオーストラリアに与えてやれと命じてきたという。陳用林によれば、「彼らはオーストラリアをかなり重要視しており、当時は完全にアメリカと同調していたため、オーストラリアをこちらに振り向かせるために経済的な手段を使うべきだと考えていたようだ」という。
オーストラリアがあまりにもすばやく経済的な手段に反応したため、これ以降北京は「オーストラリアを操作するため経済的な手段を使う」ことにした。実際、ハワード首相はこの250億ドルの契約というニンジンにつられて、ダライ・ラマとの会談を拒否している。契約合意の1ヵ月後には、全国人民代表大会常務委員会委員長の李鵬が、ハワードが契約を勝ち取ったことを祝い、「相互の信頼を高め、共通の土台を広げ、協力を深める」ためにオーストラリアを訪問している。2002年の天然ガス案件の契約は、オーストラリアのエリートたちの頭の中を占めている「中国はわれわれの未来だ」という熱狂の始まりにすぎなかったのであり、これはまさに北京の狙い通りだった。周澤栄はこの交渉で決定的な役割を果たしたと言われており、これによってオーストラリア内のエリートたちと友人関係を構築したと言われる。ジョン・ハワードは、周澤栄の「帝国的な宮殿」に何度も主賓として招かれている。
ハニートラップ
トニー・アボットは2014年、オーストラリアの首相として中国を初訪問した際に、首相補佐官のペタ・クレドリンを連れていった。彼ら一行は中国で「最も盗聴されている」と評判の、世界の高官たちが集まるボアオ・フォーラムに参加した。オーストラリアの政府高官やジャーナリストたちは、訪中前にASIOから、セキュリティに関するブリーフィングを受けている。そこで提案されたのは、いつもとは別の携帯電話を持っていくこと、ホテルの部屋に備え付けの充電器で携帯電話の充電をしないこと、土産の中に入っているUSBメモリーは捨てること、セフティーボックスの中も含めて、部屋にラップトップコンピューターを置いていかないこと、などだ。クレドリンは最初に自分の部屋に入った時、まず注意深く観察した。彼女はまず時計付ラジオとテレビの電源プラグを抜いた。するとその後すぐに「ルームサービスです」といってドアにノックがあり、ホテルの従業員が部屋に入ってきて時計付ラジオとテレビの電源プラグを入れ直してから出ていった。クレドリンがまたそれを抜くと、再びルームサービスがやってきてドアをノックした。再び電源を入れ直して出ていったので、彼女はその代わりに時計付ラジオを外の廊下にある電源プラグにつないだ。それからテレビセットはタオルで覆った。フォーラムでは、首相がメディアに対して、オーストラリアは中国の「本物の友人だ」と語ることになっていた。
政府高官が宿泊する中国のホテルの部屋では、盗聴器のしかけられた時計・ラジオが唯一の危険物ではない。オーストラリアの政治家が中国に公式訪問するたび、ホテルの部屋に「女性たち」がいるのを見たという話は枚挙にいとまがない。われわれが聞く事例では、それを見つけた議員は即座に部屋を離れて訪問団のリーダーに報告しているらしいが、報告されない場合は、ハニートラップにかかり、そのまま生涯使われてしまうパターンもあると思われる。諜報専門家ナイジェル・インクスターによれば、ハニートラップは中国のエージェントが非中国人をリクルートする際によく使われる手段だという。オーストラリア諜報機関はこのようなケースの「数々の例」を認識している。単なる噂かもしれないが、私自身もオーストラリア政界の元重鎮がそのような罠にかかり、現在は信頼される親中派のコメンテーターとなっているという話を聞いたことがある。
売春婦とのスキャンダル的な写真を撮られることへの恐怖も、ハニートラップの一種だ。恐怖だけでなく誘惑を利用するものもある。北京のために働く中国系女性と、価値ある情報へのアクセスを持っている男性との間の情事、さらに結婚などは、かなりよく知られている。
心を奪われた男性というのは、おかしなことをするものだ。2014年、ハワイで27歳の中国人女子学生が、元米軍士官の国防コントラクターを誘惑したケースがある。付き合い出した直後に、彼は米軍の戦争計画やミサイル防衛に関する機密情報を、学生の彼女に渡してしまっている。他にも中国系アメリカ人のFBI捜査官で、北京のダブルエージェントでもあったカトリーナ・ランが、自分を管理していたFBI側の上司でロサンゼルス地区の対中防諜部門のトップと性的関係を持ち、この上司は彼女に機密情報を20年間にわたり供給し続けていたという話もある。
中国の広範囲にわたるスパイネットワークが、オーストラリアの学者、専門家、そしてジャーナリストたちから情報、とりわけ機密情報を得るために活動しているはずがないと考えるのはナイーブでしかない。中国の諜報機関は人間の「四つの不徳」である情欲、復讐欲、名声欲、強欲を利用することで知られている。アメリカではスパイ行為に関する一連の裁判が行われ、その文書から中国による工作の数々のテクニックが暴かれている。ところがオーストラリアはスパイを起訴しないため、国内でどのような工作が行われているかについての情報は、ほとんど得られていない。
2017年7月、アメリカのフリーランス・ジャーナリストであるネイト・セイヤーは、中国国家安全部に属する諜報機関、上海市国家安全局が、自分をスパイ活動に従事させるため積極的に雇おうとしてきた経緯を、詳細に記している。同局は上海社会科学院(SASS)を通じて活動しており、この肩書を隠れ蓑にして、外国の学者を北京のスパイとして採用するという(中国科学院も同じだ)。セイヤーによれば、「FBIは上海市国家安全局がSASSと密接な関係を持っており、SASSの職員を監視役や評価担当者として利用していると見ている」という。セイヤーの記事が発表されて間もなく、元CIA工作員がヴァージニア州の裁判所に召喚され、スパイ行為を行ったとの判決を受けた。彼は上海社会科学院に所属していると主張する二人の男と会うために、上海まで旅行したという。
私自身はオーストラリアの学者やシンクタンクの研究員、もしくはジャーナリストたちがこのような形でリクルートされた証拠を見たことがないが、それでも2008年にジャーナリストのフィリップ・ドーリングは、オーストラリア労働党の職員が中国の工作員にリクルートされた一件を報じている。この職員は労働党の高級幹部たちの個人情報を提供したり、党内事情に関する報告書を、少額の報酬をもらって書いた。2007年の総選挙(当時、シドニーの中国領事館はケビン・ラッドを支持していた)が近づくにつれて、この職員は閣僚たちの下で働くよう促された。彼が閣僚のオフィスで働くにはセキュリティチェックを受けなければならないと気づいた時、ようやくその中国の工作員との関係を断ったという。
セイヤーは中国の諜報活動に詳しいアメリカの専門家の言葉として、「FBIのワシントン地区のオフィスは、中国対策として対防諜部隊を少なくとも5つもっており、それらはシンクタンク、ジャーナリスト、学生、武官、外交官、そして国家安全部と公言する職員たちまでカバーされている」と引用している。このアメリカの報告書は、学者、専門家、そしてジャーナリストたちが頻繁にオーストラリアと中国の間を行き来していることに警鐘を鳴らしている。たとえば「豪中評議会」(the Australia-China Council)は、上海社会科学院にあるオーストラリア研究センターに資金を提供しており、シドニー大学は交換合意を締結している。これは上海社会科学院を訪れたオーストラリアの学者をリクルートしようとしていると考えるのが正確であろう。
大学での思想工作
高等教育の場はイデオ口ギーエ作における最前線だ。これはマルクス主義の習得、研究、そして宣伝という重要な任務を担い、社会主義の核心的な価値体系をはぐくみ、そして中国の夢と中華民族の復興の実現のための才能・知的面での支援を供給するものだ。(中国国務院高等教育ガイドライン、2015年)
2016年のオーストラリア人文学学会の会長演説で、中国研究家として著名なジョン・フィッツジェラルドは「中国共産党の上層部と中国全土の大学関係者たちは戦争に従事していると認識している」と指摘する。ただしこの「戦争」とは、オーストラリアでわれわれが所与のものと思っている、自由でオープンな知的探求に対する戦争のことである。彼によれば「中国は、学問の自由という考えそのものに対してあからさまに敵対的」なのだ。ところがわれわれは、オーストラリアの大学指導者たちが中国マネーの魅力に抗えず、この自由を犠牲にしている例を何度も目撃している。フィッツジェラルドは大胆に「われわれの大学の上層部は、学問の自由を含むわれわれの価値観と戦争することを説く機関や政治家たちを自らのキャンパスに招き入れている」と述べている。2016年の演説で、習近平は大学教育の中心に「イデオロギーエ作」と「政治工作」を組み込む必要があると強調した。つまり全ての教師は「社会主義の核心的価値」を信じて「先進的なイデオロギーの普及者」となる義務があるということだ。彼らは「人間の魂に工作するという聖なる任務」を背負っていることになる。学校や大学は党の「思想工作」における最大の発信場所ということだ。
西洋諸国ではこうしたことを、毛沢東主義の単なる伝統的なレトリックととらえる傾向がある。ところが習近平は真剣だ。純度の高いイデオロギーを強化するための広範囲にわたる計画は、中国全土で進行中だ。2016年に教育部が発表したガイドラインでは「有害なアイディアの違法な拡大、教室におけるそれらの表現は、法と規則に従った厳しい処罰を受けることになる」と実にストレートな表現が使われている。では「有害なアイディア」とは何か?禁止思想は2013年、大学学長向けに通達された党のコミュニケにまとめられている。この「7つの禁止事項」には、立憲民主制度、報道の自由、そして人権や学問の自由を含む「普遍的な価値観」などが入る。2014年のアメリカ連邦議会報告書には「これらに従わない学者たちは監視され、脅迫され、嫌がらせを受け、罰金が課せられ、殴られたり起訴されたり投獄されたりする」と警告されている。
ジョン・フィッツジェラルドはこのコミュニケが「国家機密」となっているのは、中国の大学と提携しているオーストラリアのような国の大学に恥をかかせないようにするためではと指摘している。この文書は70歳の中国人記者、高喩(コウユ)のリークで外国の記者たちにもたらされたと言われ、彼女はこの罪で7年間投獄された。これこそが、オーストラリアの大学上層部や教授たちが中国の大学との合弁事業の祝賀会で茅台酒の盃を酌み交わす時に忘れようとしているシステムの現実なのだ。