「正義の戦争」は嘘だらけ!

ロシアのウクライナ侵攻は(「は」ではなく「についても」か)報道が伝えることを真に受けてばかりではいけないということを再認識しました。

「正義の戦争」は嘘だらけ!

 福井義高さんは「おわりに」で『今日、我々にとって真に危険な存在は、この解放の原理の狂気に翻弄された過去を反面教師として、祖国ロシアの再建を自らの使命とするプーチンではなく、この原理に取りつかれ、強大な軍事力を背景に自らの「理想」を全世界に押し付けようとするネオコンなのだ。』と結んでいます。

 ロシア・プーチンは「悪」、ウクライナ・ゼレンスキ―は「善」という大多数の世論について、再考することの必要性を感じます。

 渡辺惣樹・福井義高さんの「「正義の戦争」は嘘だらけ!」を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
 興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。

「正義の戦争」は嘘だらけ! 渡辺惣樹・福井義高



目次

 はじめに ――「プロパガンダ報道」に惑わされないために 渡辺惣樹 3

 第一章 米ネオコンに操られるウクライナ戦争 15
クリミア半島は歴史的にロシアのものだった / あのソルジェニーツィンはプーチンの味方だった / ネオコンのあからさまな内政干渉 / 英米関係も所詮は警戒の上に成り立つ同盟関係だった / 超党派のネオコンの策謀の数々 / ウクライナの人権監察官デニソワは吉田清治と同じ? ・ キッシンジャーもウクライナの徹底抗戦には反対? / ミアシヤイマーレペルの安倍晋三元首相の見解 / 黒人・ヒスパニックの共和党支持が増え、崩れる民主党の基盤 / 日本はしたたかなトルコを見習うべきだった / プーチンはスターリンではない

 第二章 繰り返される「1984」的な「戦争プロパガンダ」 67
「アゾフ大隊」は「ネオナチ」ではなかったのか? / 悪意に基づく捏造プロパガンダの数々 / トランプ、プーチン、スノーデン、そしてオリバー・ストーンの言い分 / 「親米」といっても「親ネオコン」と「親トランプ」に分かれる / 米国世論は、もうプロパガンダには騙されない / 米国の操り人形と化したゼレンスキー / エマニュエル大使は対日監視役として任命された / ネオコンは「プロパガンダ」を濫造し、「最後の戦い」を仕掛けている / ロシア系住民が迫害されているというプーチンの 主張は嘘ではない / 強欲な小国の惨めな末路 ―― 歴史は繰り返す

 第三章 「正しい戦争」と「不正な戦争」とがあるのか? 107
「不戦条約」は拘束力を持たず政治的パフォーマンスに過ぎなかった / フーバーがスティムソンを国務長官に任命したのは大失策 / 米国の「保護国」「自治領」の地位に安住するな / 「ロシア悪玉論」ばかりの言論封殺 / 「ブチャの虐殺」と「カチンの虐殺」との類似性 / ミアシヤイマーの分析では「ディープステートはいる」 / 軍産複合体の脅威を説いたアイゼンハワーの炯眼 / 米国のホンネは「国が滅亡してでも戦え」、ロシアとの安易な妥協は許さない! / チョムスキーとランド・ポールだけが頼り? / 極端な善悪二元論で世論を誘導・洗脳しようとして失敗 / プーチンが小型戦術核を使用する? / 米国による偽旗作戦にご注意を / ベトナム戦争は「正義の戦争」だったのか? / ネオコンの動きに日本は安易に追随してはいけない  第四章 スペイン内戦 ―― 共産主義礼賛史観を修正せよ 157 「スペイン内戦」から始まる共産主義史観の嘘 / 誇張されすぎた「ゲルニカ空爆の悲劇」 / 「確信犯」(ヘミングウェイ)と「お調子者」(ピカソ・アインシュタイン)と「やらせ」(キャパ) / オーウェル『カタロニア讃歌』はスターリン批判の先駆書 / フランコの「二枚舌」のおかげで、英米ソは第二次大戦の勝利者となった? / 親ソ派も親独派も活用したFDR政権の性格 / 加藤陽子氏などの間違いを正すのが「歴史修正主義」 / 未だに横行する「日本悪玉史観」 / 「ルーズベルトの呪縛」から解放された「歴史認識」を

 おわりに ―― 米国ネオコンは21世紀のスターリニストだ 福井義高 194  


はじめに ――「プロパガンダ報道」に惑わされないために 渡辺惣樹

 筆者は、2022年2月24日から始まった、ウラジーミル・プーチン大統領のウクライナ「侵攻」の決断に驚かなかった。「アメリカが何かしかけたな」という感覚であった。この思いについては戦争勃発直後の討論番組や対談番組の中で披瀝した。
 1941年12月8日(米国時間)、真珠湾攻撃の報を聞いたハーバート・フーバー前大統領も、「ルーズベルトが何かやらかしたな」という感覚をもったらしい。自著『裏切られた自由』の中でそう書き残している。筆者のウクライナ戦争勃発を聞いた時の思いはフーバー大統領の80年余り前のその感覚に近かったに違いない。
 筆者に似た感想を待ったものはアメリカの「真の」保守派には多かった。彼らは、バイデン政権に舞い戻ったビクトリア・ヌーランド国務次官を筆頭にするネオコンサーバティブ(通称ネオコン)の過去の対ロシア外交の悪行を知っていた。似非保守であるネオコンは、戦争を嫌うトランプ政権では排除されていた。そうした彼らや彼女らが大挙してバイデン政権に再登用されたのである。
 ネオコンについてはここで詳述する紙幅はないが、要するにソビエト崩壊後における世界を「米国一極覇権主義に基づいて支配する」考えを持つ勢力である。親米政権を樹立するためには手段を選ばない。先制攻撃も許されるし、国連の関与も不要だと考える。
 彼らは、ネオコン(新保守主義)と呼称されるが、けっして保守主義者ではない。彼らのルーツは世界革命思想家レフ・トロツキーにあり、世界統一政府による世界の「人民」のコントロールを目指している。
 
彼らは、30年近い長い年月をかけて米共和党・民主党両党内に根深くそして幅広く浸透し、米外交を牛耳ってきた。ブッシュ(子)政権ではイラクを荒廃させ(イラク戦争)、オバマ政権ではカラー革命と称して中東の民族主義国家を混乱させ、そして転覆させた。その典型がリビアのカダフィ大佐の殺害であった。
 ネオコンはその余勢をかって、シリアのアサド政権の転覆をはかったが失敗した。失敗の主たる原因は、アサド政権を維持するとロシアが明確にし、支援したからである。プーチン大統領は、カラー革命の動きを注意深く観察していた。観察するだけで、混乱させられる政権の支援には動かなかった。しかし、シリアでは、ネオコンの予想に反してプーチンはネオコンにはもはや好き勝手にさせないと決め動いたのである。プーチンが動いたことで、対リビア戦争では嬉々として空爆に参加した英仏もフリーズした。ネオコンは、シリアの政権交代に失敗した。
 2017年に発足したトランプ政権は、対露協調外交をとり、中東不安定化の主要ファクターであったISIS(イスラム国)を米露の協調で排除した。アサド政権転覆に、ネオコン外交の前線部隊であるCIAはシリア反政府勢力をひそかに支援していた。反政府勢力の中心がISISであった。それがトランプ・プーチンの協調外交で壊滅した。
 こうした経緯からも明らかなように、世界一極覇権の完成を狙うネオコン勢力にとっての最大の敵は、非干渉主義に立つトランプ大統領であった。しかし、ネオコン勢力にとって好都合なことに、民主党の謀略的選挙不正によってトランプ大統領は再選を果たせなかった。不正選挙で生まれたバイデン政権では、野に下っていたネオコン官僚が政権中枢に再登用された。ネオコン官僚の筆頭格が、国務省の実質ナンバーツーとして返り咲いたビクトリア・ヌーランドだった。
 ヌーランドは、2014年のウクライナ革命(マイダン革命)では、デモ隊の先頭になって反政府運動の旗振り役を務めていた。そんな人物が国務省ナンバーツー、つまり事務方のトップになれば、アメリカの対ウクライナ外交(実質は対ロシア外交)がいかなるものになるかは火を見るよりも明らかだった。
 だからこそ多くの「真の」保守主義に立つ知識人は、ゼレンスキー政権のネオナチグループを利用したロシア系住民の迫害で、プーチンがその救済に動かざるを得ないと読んでいたのである。そうした読みがあったからこそ、「ネオコンが何かやらかしたに違いない」と疑ったのである。
 トルコのエルドアン大統領は怪しいネオコン外交を察知していた。2022年1月から両国首脳に積極的にコンタクトし、プーチン大統領に軍事侵攻を思いとどまらせるよう懸命に説いた。ネオコンの罠にはまらないように訴えた。しかし、プーチン大統領は動かざるを得なかった。ロシア系住民への迫害をこれ以上放置することは民族主義者の彼にはできなかったし、座視すれば国民の支持も離れてしまうからである。
 ここまでがウクライナ戦争を語るための基礎知識である。ところが、日本の保守系知識人の中には、プーチンのウクライナ侵攻の報を聞くや、問答無用でプーチン批判を始めた。そして、西側メディアのロシア軍の「残虐非道」の報をそのまま信じた解説を続けたのである。テレビや新聞は、ロシア専門家と称する大学教授らを登場させ口汚くプーチン批判を展開した。しかし、彼らには上記で述べた基礎知識に欠けていた。その結果、戦争を善と悪の二元論で裁く、一般人にはわかり易いが考察の浅いリアリストの視点を欠く論評が溢れてしまったのである。
 福井義高教授は、私と同様に近現代史の研究家であり、米国外交(ネオコン)の狡猾さを熟知している。同時にヨーロッパ諸国の歴史にも精通しており、彼らの狡さにも詳しい。右記に示した基礎知識を共有していたことは言うまでもない。

<以下略>


クリミア半島は歴史的にロシアのものだった

編集部 2022年2月にウクライナ戦争が勃発。爾来、数力月が経過し、国際情勢に大きな影響を与えています。日本はむろんのこと、欧米をはじめとするメディアは、ロシア・プーチンは「悪」、ウクライナ・ゼレンスキ―は「善」ということで、さまざまな報道合戦が行なわれています。典型的なのは、多くの無辜のウクライナの一般市民が殺害され、プーチンは核の使用も示唆しておりとんでもない危険な独裁者、ヒトラーの再来だという扱いです。

渡辺 実に浅はかな見方です。この戦争を考える上で大事なことは、ロシアによるウクライナ侵攻がなぜ起こったのかをまず見る必要がある。それを知るには、ウクライナという「国家」の成立過程を振り返る必要があります。

福井 ウクライナは近代以降、第一次大戦後の混乱期に独立の動きがあったものの、ソ連が崩壊するまで、ロシアと別の「国家」として成立したことはありません。バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)などと違い、帝政時代はロシアの一部という認識が一般的であり、チャイコフスキーのウクライナ民謡を取り入れた交響曲第二番の愛称にもなっている「小ロシア」はウクライナを指します。キーウの国立音楽大学はチャイコフスキー記念音楽院と名付けられています。ただし、ロシア軍侵攻後、父方の出自がウクライナだったチャイコフスキーを「敵」ロシア人であるとして、ウ クライナでは排除する動きが始まっています。

渡辺 両国は、そんな関係でしたが、1954年、当時のソ連書記長、フルシチョフは、ロシア・ウクライナ併合三百周年を記念し、クリミア半島のロシアからウクライナヘの帰属替えを決定したのです。逸話では、フルシチョフは酩酊状態であったとも言われていますが、それ以外にもスターリンの「ホロドモール」(1932~33年にかけてウクライナ人が住んでいた各地域でおきた人工的な大飢饉。500万人が餓死)について罪悪感を抱いていたことも決定時に影響を及ぼしたとも考えられます。

福井 フルシチョフは1938年から49年までウクライナ共産党(ウクライナはソ連を構成する共和国の一つ)第一書記を務めていましたから、1937年から1938年まで続いたスターリン大粛清のウクライナでの責任者でもあった。この大粛清ではソ連全土で70万人、ウクライナだけで12万人が処刑されました。
 1932~33年の大飢饉はウクライナだけではなく、カザフ(現在のカザフスタン)でも極めて深刻でした。「ホロドモール」に関してはソ連が徹底的に情報を隠蔽したため、ユダヤ人迫害すなわち「ホロコースト」に比べ広く知られることなく、半世紀以上経った1986年に出たロバート・コンクェストの『悲しみの収穫』(恵雅堂出版)が最初の本格的研究書です。実は、飢饉当時、英国人ジャーナリストのマルコム・マガリッジや、映画(『赤い闇』)にもなったガレス・ジョーンズらが実情を伝えようとしました。しかし、ソ連政府だけではなく、欧米の「進歩派」、今で言うリベラルから反共プロパガンダとしてほとんど無視されました。その中心人物が、ソ連報道の第一人者とされたニューヨークータイムズのモスクワ特派員ウォルター・デュランティです。しかも、デュランテイは飢饉の実態を知りながら、ソ連政府の意に沿う報道を続けていたのです(サリー・テイラー『スターリンの代弁者』オックスフォード大出版局、米訳)。
 ソ連崩壊後、「ホロドモール」の実態解明が進み、2008年にハーバード大で開かれた国際会議の基調講演で、フランスのソ連研究者ニコラ・ヴェルトは、「ホロドモールはジェノサイドだったかという問いへの答え、それはイエス以外ありえない」と述べています。

渡辺 しかし、「鬼の目にも涙」の贖罪意識があったのかもしれませんが、フルシチョフのクリミア半島のウクライナヘのつけ替えが、後々まで尾を引くことになる。

福井 クリミア半島がウクライナに属したことは、それまでの歴史上なかったことです。フルシチョフとしては、日本でいえば、熱海を静岡県から神奈川県に移すといったレベルの、ちょっとした線引きの感覚に近かったのかもしれません。ロシア、ウクライナのどちらに属するにせよ、当時は同じソ連なのですから。

渡辺 ところが、1991年、ソ連が崩壊してしまった。それと同時にウクライナもバルト三国などと同じく、独立を果たすわけですが、西側諸国の後押しも大きかった。

福井 前段があります。1989年にベルリンの壁が崩壊した直後の1990年のドイツ再統一交渉の中で、米国ブッシュ(父)政権はNATOを東方に拡大しないことをロシアに口約束したのです。ネオコンとは距離を置くブッシュ(父)と側近のブレント・スコウクロフト大統領袖佐官は、本当にそうするつもりだったと思います。後年、スコウクロフトはイラク戦争に反対します。

渡辺 その後、1994年の「ブダペスト合意」が結ばれました。ソ連に属していたベラルーシ、カザフスタン、ウクライナが自国内にある核兵器を放棄する代わりに、その独立と主権と既存の国境を米英露三国は尊重することになっていたのです。
 ところが、クリントン、ブッシュ(子)政権はその合意(NATO不拡大)を破棄してしまった。1999年にはチェコ、ハンガリー、ポーランド、さらに2004年にはバルト三国、ブルガリア、ルーマニアなどがNATOに加盟し、東方に拡大し続けました。そうなると、ロシアの外交的課題としてクリミア半島やウクライナ東部の領土問題が重くのしかかってきたわけです。
 米国はこのように一度は合意をしながら、それを破棄し、紛争の火種を誘発するような外交方針をとることがよくあります。

福井 その当時のロシア大統領エリツィンは、欧米での高評価とは裏腹に、ロシアの政治的経済的衰退をもたらした元凶とされ、政権末期は混迷を極め、ロシア国内での評価は今も散々です。プーチンはエリツィンのそばにいて、ロシアの未来に危機感を覚え、大統領選に打って出たわけです。

渡辺 プーチンは一言でいえばロシア民族主義者ですね。私の翻訳した『コールダー・ウォードル覇権を崩壊させるプーチンの資源戦争』(草思社)の中で描かれる当時のプーチンは「憂国の情」を持っていた。戦後日本の行く未を憂えた国士達の情に近いものがある。


「親米」といっても「親ネオコン」と「親トランプ」に分かれる

渡辺 せめて、ネオコン化した外務省や自民党に対して批判の声を上げてもいいのに(笑)。今、「親米」といっても「親ネオコン」と「親トランプ」、この二つの意味が含まれています。共和党もネオコンが優勢でしたが、トランプによってかなり駆除され、彼らの多くは民主党に移っていますから。どちらの立場なのか明確化しないと、同じ「親米」でも、意見が180度違ってしまいます。

福井 西尾幹二先生も指摘されていますが、冷戦が終わるまで、日本の保守知識人は親米の中身を問う必要かありませんでした。「親米」は西側陣営に立脚することを意味しており、ある意味単純明快でした。ところが、米ソ冷戦終結から30年以上たち、世界のあり方は大きく変化したのに、日本は「親米」の意味を再考していません。何度もチャンスはあったのですが、果たせず今日まで来てしまいました。
 しかも、今の親米派の大半はネオコン寄り。米国のクリントン政権で女性初の国務長官を務めたマデレーン・オルブライトが先日(2022年3月23日)亡くなりましたけど、日本ではほとんどのメディアが彼女の功績を褒めたたえる記事を掲載していました。『日本経済新聞』は6月17日付夕刊で「『鉄の意志』待った人道派」だったと絶賛しています。1996年5月、彼女は米CBSの報道番組で、イラクヘの制裁でヒロシマより多い50万人の子供が亡くなったとされることを問われた際、「困難な選択だったけれども、犠牲に見合う価値があったと思う(we think the price is worth it)と答えました(「50万人」という数字も否定しませんでした)。自らの「理想」を他国に押し付け、実現するためには、50万人の子供が死んでもかまわないと言ってのける人物が「人道派」ですか。

渡辺 信じられません。オルブライトこそ“ネオコンの祖”と言える人物ですよ。クリントン政権で国務長官をやり、コソボ紛争ではユーゴ空爆を強力に推進した。ジョージタウン大学の教授をやっていた時のゼミの教え子に河野太郎がいますが(笑)。

福井 米国型の政治体制を、武力を使ってでも他国に強制することが正義であり、民衆の犠牲もやむを得ないとして、それを実行した彼女のような人物を「人道派」と褒めたたえることは、自衛以外の武力行使を是認しない我が国の基本方針、とくに護憲派とは相いれないはず。むしろ戦争犯罪人として糾弾すべきでしょう。

渡辺 実際に、イラクやアフガニスタン、リビアでのネオコンのこれまでの“戦争挑発行為”に対して反省の声が上がる気配がない。

福井 ネオコンが主導する、自衛権行使とは到底言えない武力侵攻や他国民暗殺は、どう考えても国際法違反なのに、それを指弾する声はほとんど聞こえてきません。ノーベル平和賞受賞者のオバマ大統領は在任中、テロリストを殺害すると称して他国領土でのドローン攻撃を500回以上命令し、巻き添えになって死んだ一般民衆は数百人、いやそれより一桁多いという主張もあります。そもそも、大国の場合、他国に対外行動を制約されないので、外交は内政の延長になりやすいことを理解すべきです。米国は常にそうです。

渡辺 だからこそ、米国の政界の動きと合わせて、今回のウクライナ戦争を語らなければ、真実は見えてこないのに、プロパガンダの罠にはまり、そういう人があまりに少ないことに愕然とします。


米国の操り人形と化したゼレンスキー

福井 事態は悪化するばかりなのにゼレンスキーが強硬姿勢を崩さないのは、米国の対露強硬派が後ろで操っているからとしか考えられません。

渡辺 ゼレンスキーは米国の“代弁者”のような役割をしています。プーチンは別にゼレンスキーを排除したいとは考えていません。ゼレンスキーの発言の8割はプーチンではなく、米国に向けて言っている。米国からの圧力をかわしているのでしょう。

福井 むしろ、完全な操り人形かもしれません。反腐敗を掲げて大統領となったゼレンスキーは、昨年、『ガーディアン』でタックスヘイブン(租税回避地)を利用し、財産を国外に隠していると報じられました(2021年10月3日付インターネット版)。本人が報道に抗議せず沈黙していることから、本当だと思われます。ほかにも不都合な真実が隠されているかもしれない。今は英雄視されていますが、それらのスキャンダ ルが明るみに出たら、ゼレンスキーには世界中から非難が殺到するでしょう。ゼレンスキーの本音は、悲劇の英雄のまま亡命することかもしれません。

渡辺 アフガンのアシュラフ・ガニ大統領が現金を詰めた車4台と一緒に国外逃亡してもお咎めなしでした。それと同じ末路になる可能性もあります。

福井 一方で、ウクライナに留まるのであれば、大統領のままでいたいでしょうし、そのためには唯一の後ろ盾と言ってよい米国の対露強硬派の操り人形でも構わないと思っているかもしれません。日本の政治家にとっても他人事ではありませんが(笑)。

渡辺 日本はそんなウクライナを助けることが得策かどうか、それこそ再考すべきです。人道的措置として避難民を受け入れるのはいいとしても、北朝鮮の大陸間弾道ミザイル(ICBM)に搭載されているエンジンはウクライナで製造された可能性が高いし、中国・人民解放軍の戦闘機・艦船の先端技術の提供元もウクライナです。それらの事実を認識しているのか。

福井 そもそも日本は憲法上、自国の防衛に無関係な武力紛争への介入はできないはず。政策論としても、中立の立場を取るべきです。世界中で武力紛争が起こるなか、なぜウクライナは特別扱いなのでしょう。日本政府は、防弾チョッキなど軍事装備品をウクライナに送っていますが、まさにロシアに対する敵対行為そのもの。伝統的な非交戦国の中立義務に違反し、ロシアから敵国として攻撃の対象になりかねません。ところが、日本政府はロシアと戦うという覚悟を決めているとは到底思えない。

渡辺 前述したとおり、トルコはNATOの一員でありながら、ロシアとウクライナの仲介役として奮闘しています。日本の政府・外務省はトルコを見習うべきです。

福井 外交全般に関して多少とも独白色を出そうとしていた安倍元首相と違い、岸田首相には期待できません。野党もそうした主張をしない。マトモなのは、防弾チョッキの提供は武器輸出に当たると批判した共産党ぐらい(苦笑)。いや、我々には伺いしれない深慮遠謀が岸田さんにはあるのかな。
 


エマニュエル大使は対日監視役として任命された

渡辺 米国は、そんな日本を自分の陣営に引き止めておくために、策士のラーム・エマニュエルを駐日大使として送り込んだのでしょう。彼は、ウクライナ戦争の勃発する直前の2022年1月に赴任しました。この動きをどう見ますか。

福井 エマニュエル大使は、ビル・クリントン政権で大統領上級顧問を務めたあと、民主党下院議員を経て、バラク・オバマ政権では最側近として大統領首席補佐官を務め、その後シカゴ市長に就任しました。歯に衣を着せぬ言動で敵も多く、今回の大使就任にあたっては、民主党内でも反対がありました。駐日大使としては、かつてのハワード・ベーカー駐日大使(ブッシュ(子)政権)以来の大物政治家でしょう。

渡辺 なるほど。オバマの権力はシカゴを基盤にしています。そもそもオバマを最初に重用したのが、エマニュエルの前任者、リチャード・M・デイリー、シカゴ市長。シカゴの湖岸開発の際、デイリーは足繁く中国詣でをし、中国マネーによる不動産開発を仕掛け、大プロジェクトを立ち上げています。そのプロジェクトを認可したのが、ヒラリー・クリントンもかかわっている外国投資規制委員会だった。エマニュエルもそういった関係の中で、オバマと懇意にしていたのです。
 ジョー・バイテン政権を裏で操っているのは、オバマと見ていい。まさに“オバマフィア”とも言える人脈が、駐日大使の就任に生かされた格好です。

福井 米国は伝統的に、英国やフランスなど関係が盤石な友好国に対しては、政治的能力の高いやる気満々の人物ではなく、名誉職として多額の寄付をした大金持ちなどを大使に任命するのが通例です。駐日大使も最近はそうでした。ケネディ大統領の娘であるキャロラインさんは当初上院議員を目指していましたが、能力に疑問符が付き立候補断念、大使で処遇されました。ところが、今回、エマニュエルという国務長官クラスの大物を送ってきた。これは一つのシグナルではありませんか。

渡辺 彼の就任にはネガティブな印象を受けます。日本の外交に対して、意のままにコントロールしようとする思惑があるのではないか。米国内の親中派の流れを反映した人事とも言えますから、注視する必要があります。
 そもそもバイデン政権は対中姿勢が厳しいと思っていること自体、間違いです。見てください、中国と司法取引をし、ファーウェイのCFO、孟晩舟をあっさり解放したではありませんか。

福井 裏取引がなかったとは考えにくい。

渡辺 バイデンの息子、ハンターは中国の実業家が立ち上げた投資ファンドの役員に就任しており、脱税疑惑も取りざたされています。それらの疑惑については緘黙せよと持ち掛けた可能性があります。
 もう一つの可能性もある。米国は国内世論を踏まえて、対中では強硬姿勢のポーズをとる。その代わり、日本の態度を若干でも親中にさせてバランスをとる。そんな密約を米中で交わしたのではないか。岸田政権の対中外交のフラフラした態度を見ると、そう思わざるを得ません。エマニュエルは、そういう意味での使者として、監視役として日本に送り込まれたのではないか。実際、エマニュエルは大変な策士で、ヒラリー陣営の資金集めを成功させ、共和党陣営の分裂工作を仕掛けたこともあります。

福井 同盟国といえども、外交は騙し合いですから、バイデン政権の底意を読み解く必要があります。スノーデンによれば、日本も米国のスパイ活動のターゲットなわけですから。ドイツのメルケル前首相は現職時、自らの携帯電話がCIAに盗聴されている「可能性」について、米国政府に釈明を求めましたし。

渡辺 ともあれ、そのエマニュエル大使は、ファーストリテイリング(ユニクロ)会長兼社長の柳井正氏に直接電話し、ロシアから工場を撤退しろと指示を出しています。こんな内政干渉を許していいのか。日本の駐米大使が米国企業に「ああしろ」とか「こうしろ」と指示を出したら、米国にいられませんよ。私は柳井氏の経営理念を苦々しく見ていますが、それとこれとは別です。

福井 米国が日本を属国扱いしていること、日本政府もそれを当然視していることは否定できません。

渡辺 今回のウクライナ危機について言えば、エマニュエルの使命は、日本の親露派を抑え込むことにある。今後もエマニュエルの動向は注視すべきです。

福井 しかし、一般の米国民は自国とロシアが対立してもメリットは一つもありません。

渡辺 ネオコンは「ロシアゲート」の真相を誤魔化すため、とにかく“悪いロシア”という虚構をプロパガンダを駆使してつくり上げようとしている。

福井 ネオコンの根強い反ロシア姿勢もあるのでしょう。第二次世界大戦前も、英国側にはロバート・ヴァンシタート外務次官のような極端な反独派がいました。合理的に説明かつかないほど病的にドイツを嫌っていましたが、ネオコンのロシア嫌いもそれに似ています。反ソということなら理解できますが。

渡辺 米国、もっと言えばネオコンが何よりも恐れているのは、ロシアのエネルギーに依存する形で欧州が自立することです。

福井 そうですね。米国のエスタブリッシュメントは、リアリストであれネオコンであれ、ドイツ・日本を永遠に属国化しておきたい。ところが、ロシアからのパイプラインが二つつながれば、ドイツは米国抜きでエネルギーを確保できる。それは米英にとって一番避けたいことです。ドイツはビスマルクの時代からロシアとの連携を重視してきました。
 ところが、米国はこれまで執拗に、自国の一極支配に抵抗するプーチンを悪者として扱い、ロシアと欧州、特にドイツが経済的に強く結びつかないよう画策しています。前述のスイス軍ボー退役大佐も、米国は独露連携を常に妨害すると言っています。

渡辺 ロシアとドイツをつなぐ天然ガス海底パイプライン「ノルドストリーム2」まで完成させた上でのことですからね。

福井 投資させた上で、使わせないことを最初から決めていたとしたら、すごい策士ですよ(笑)。

渡辺 でも、ドイツには環境左翼が根強く存在し、緑の党も政権入りして国内の原発稼働は停止しています。ノルドストリーム2の開通に関してはバイデン政権も承認し、ドイツの議会承認を待つだけだった。ネオコンはドイツをロシアから離反させたいのに、なぜ開通を承認したのか。ネオコンのしていることは支離滅裂で破綻しています。


ネオコンは「プロパガンダ」を濫造し、「最後の戦い」を仕掛けている

渡辺 ところで、ロシア国防省の報道官、コナシェンコフによると、危険な病原体の緊急廃棄はウクライナ保健省からの指示で、ウクライナと米国が「生物兵器禁止条約」に違反した事実を隠すことが狙いだったと分析しています。どうやらバイデンの息子のハンターが活動の資金調達にかかわっていたとも報じられています。かなり根が深い問題です。

福井 前章でも指摘しましたが、2022年3月に聞かれた米議会の公聴会で、共和党のマルコ・ルビオ上院議員は、おそらくきっぱりとした否定を期待して、ヌーランド国務次官に「ウクライナが化学兵器または生物兵器を保有しているか」と質問したところ、ヌーランドは「ウクライナには生物研究施設がある」と事実上認める回答をしました。

渡辺 何度も言いますが、ヌーランドは民主党のネオコンの代表格です。

福井 ヌーランドは言い訳がましく「ロシア軍が施設を掌握することを憂慮し、そうならないようウクライナと協力している」と主張していますが、生物・化学兵器研究はロシアでも当然行われていますから、今さらウクライナの研究成果など欲しくありませんよ。米国が実は国内で禁じられている生物化学兵器の研究をウクライナで密かにしていたことを糊塗するために、プーチン・ロシアに責任転嫁しようとしているとしか思えません。東欧諸国で米国はやりたい放題。公式に存在を認めたのはポーランドだけですが、ブラック・サイトと呼ばれる、テロ容疑者を拷問するCIAの施設もありました。東欧だけでなく世界中にあるようで、アジアではタイにありました。さすがに日本にはなかったと思いますが。

渡辺 表では綺麗ごとを言いながらも、裏で汚いことをやる米国は、冷酷な国家だと改めて実感します。

福井 敵と見なすとあらゆる手段を駆使して徹底的に叩きますが、突然、慈悲を示すこともある。このあたり、予想がまったくつきません。

渡辺 太平洋戦争(大東亜戦争)の時、原爆投下の候補地を検討する際に、当時、陸軍長官だったスティムソンは「京都は極東の文化史上重要で芸術品も数多い」という理由で候補から外しています。あれだけ狂信的な反日的な男が、そのような慈悲を示す。長老派的な性格なのかもしれませんが、不可解極まりありません。

福井 むしろ、プーチンのほうが予測しやすいですよ。国際政治の波乱要因はいつも米国の気まぐれです。ゼレンスキーが米国を出し抜きロシアと妥協したら、ネオコンはハシゴを外されてしまいます。戦争終了後に、ウクライナ各地での民衆虐殺を主導したのが、仮にその一部でも、実はウクライナ正規軍に事実上組み込まれている「ネオナチ」民兵だったということでも判明したら、それこそ国際世論は憤激するでしょう。

渡辺 そこでプーチンを何としてでも“現代のヒトラー化”しようと、あの手この手を使ってプロパガンダをやっている。“敵国指導者のヒトラー化”は、プロパガンダの定番になっています。

 福井 それが米国のいつものパターンですから。
 イラクのフセインもそういう扱いを受けました。フセインはイスラム教が全人的影響力を持つイラクで、男女共学などを推進した宗教色の薄い近代的政治家でもあり、フセインの下で、イラクは強国化の道をたどっていました。それを恐れた米国が湾岸戦争やイラク戦争を仕掛け、フセイン排除の方向に動いたという考え方も、根拠なき陰謀論とはいえない。しかし、あの頃に比べて今の米国は、中国の台頭もあり、相対的に弱体化していますから、やりたい放題できなくなってきてはいます。

渡辺 だからこそ、ネオコンはありとあらゆる「プロパガンダ」を濫造し、「最後の戦い」を仕掛けているのではないでしょうか。


「不戦条約」は拘束力を持たず政治的パフォーマンスに過ぎなかった

渡辺 今回のウクライナ戦争がいつ終結するかはともかくとして、この戦争によって、「戦争のあり方」が変わる可能性は高い。

福井 主権国家はそれぞれが平等で、その上位機関は存在しないはずなのに、米国や欧州各国が中心になってロシアに対し、国家が国内の犯罪組織に対処するかのような、懲罰的制裁を行っているのは、ロシアが「不正な戦争」を始めたという考え方が前提にあるといえます。
 一方、米国が主導したNATOのセルビア空爆や米国の中東軍事介入は、自国への武力攻撃に対する自衛とは到底言えないし、国連安保理の承認も得ていません。しかし、あの時には、米国を制裁すべきとか、当時のクリントン大統領やブッシュ(子)大統領らは戦争犯罪人だといった主張が、欧米主流派メディアでまともに取り上げられたことはありませんでした。それは、自由と民主主義を守るための「正しい戦争」だからということなのでしょう。
 ドイツの法学者カール・シュミットは第一次世界大戦後、戦争概念が変化していると指摘しました(『差別的戦争概念への転換』ドゥンカー&フンブロート、未訳)。価値中立的概念だった戦争が、「正しい戦争」「不正な戦争」に区別されるようになったのです。
 そうなると「中立」の概念がなくなり、仲介国も存在しなくなります。しかも、負ければ「不正な戦争」を行ったとして過酷な処遇が待っており、お互い死に物狂いで戦わざるを得なくなる。凄惨な宗教戦争後、一旦清算されたかにみえた正戦論が両大戦を経て復活し、日本は東京裁判で一方的に断罪されました。

渡辺 福井先生の『日本人が知らない最先端の「世界史」不都合な真実編』(祥伝社黄金文庫)《V「不戦条約」と日本の運命》でも、そのあたりについて言及されていますね。

福井 第一次世界大戦までは、大国が勢力圏内の小国や植民地を煮て食おうと焼いて食おうと、他の大国が干渉するところではないというのが共通理解でした。それをどこよりも実践していたのが英米だったわけです。

渡辺 ところが、「不戦条約」(1928年調印、翌年、日本を最後に原締約国すべてが批准し発効された)が生まれてしまった。

福井 第一次世界大戦後、英仏米は「正しい戦争」に勝つたという前提で、ヴェルサイユ条約をドイツに押し付けました。ただし、正戦論は新たな国際規範とまではならず、戦犯に指名されたドイツ皇帝は中立国だったオランダが亡命を受け入れ、英仏は共和国となったドイツを国際連盟に1926年に常任理事国で迎え入れます。当時のドイツは第二次大戦後の日独と違い、決して「反省」などしていなかったのに。

渡辺 前章でも述べたように、ヴェルサイユ体制はドイツを中心にした中央同盟国に大戦の責任をすべて押しつける極めて座りの悪いものだったのです。

福井 集団安全保障体制を目指した国際連盟でも、まずは交渉、それで決着がつかない場合は戦争も止むなし、という姿勢でした。すべての戦争が違法化されたわけではありません。一方で、第一次世界大戦によって欧州は焦土と化し、反戦・厭戦気分が高まっていたのも事実です。
 まず戦争禁止に向けて実効性のある制度を構築しようと、1924年に国際連盟総会で採択されたのが「ジュネーブ議定書」です。しかし、批准されることなく立ち消えとなりました。それでも戦争廃絶を訴える世論の声は大きい。そこでその声に応える形で登場したのが「不戦条約」です。不戦条約後に公刊された、ハンス・ケルゼン、ディオニシオ・アンチロッティ、アルフレート・フェアドロスなど、欧州の国際協調派の指導的国際法学者が執筆した書物を読むと、武力攻撃に対する反撃という意味での自衛に限らず、国家は戦争という手段に訴えることができるというのが、1928年の不戦条約成立後も、まだ通説的理解であったことがわかります。

渡辺 貴重な証言です。

福井 しかも、1929年の米国際法学会年次大会の不戦条約に関するセッションにおける国際法学者たちの議論をみても、不戦条約の法源性は否定されています。戦争放棄の理想を裏切る国際政治の実態を厳しく批判していたエドウィン・ボーチャード、イェール大教授でさえ、「この条約は法的効果の点では、要するにゼロ(nothing)」と認めていました。前出の日本を代表する国際法学者で京大教授だった田岡良一も、第二次大戦後に書かれた教科書(『国際法Ⅲ』有斐閣)で、条約の拘束力を否定しています。戦前日本の軍事外交政策の良し悪しは論じるべきですが、「違法だから悪い」という議論はできないのです。
 実際に不戦条約は当初、なんら拘束力を持たず、世論向けの政治的パフォーマンスに過ぎないことは米国政府も承知のうえだったのですが、満洲事変のとき、日本を責めるのによい口実になったのです。

渡辺 東大の加藤陽子教授は「日本の満洲事変は不戦条約に違反したため罰せられた」(『戦争の日本近現代史』講談社現代新書など)という歴史観、要するに日本侵略史観に縛られています。しかし、福井先生がおっしやるように、不戦条約は実にいい加減なものだったのです。ところが、加藤教授をはじめ、多くの日本の歴史学者はその事実を取り上げません。


ミアシャイマーの分析では「ディープステートはいる」

渡辺 戦争プ渡辺 戦争プロパガンダの恐ろしさを、今回のウクライナ戦争で再認識します。先述したマスクですが、マスクは気象変動解決に寄付を持ちかけたビル・ゲイツに対して、ツイッター上で拒絶を表明しました。マスクはディープステートにもケンカを売り始めており、少なからず動揺が広がっています。
 一方で、ザッカーバーグのメタ(旧フェイスブック)は徐々に追い込まれています。米国民は彼の政治的偏向に気付いたのです。

福井 ザッカーバーグは、これまでの銀行決済システムを介さないグローバルな新しい決済システムを計画し、準備を進めていましたが、結局、断念しました。

渡辺 それら一連の失敗で、ザッカーバーグが苦しい立場に追い込まれたことは間違いありません。地殻変動が徐々に起こっているのではないか。

福井 前章でも触れましたが、ミアシャイマーは、米国では国民による投票で選ばれる政治家に左右されず独立して国を動かす「ディープステート」が存在すると指摘しています(『大いなる迷妄』)。同様の主張を行っている馬渕睦夫氏(元ウクライナ大使)は「陰謀論者」だとして、リベラルメディアのみならず、保守とされる論者からも頭ごなしに否定されていますが、それなら、世界的碩学ミアシャイマーも「陰謀論者」であり、無視・嘲笑の対象ということなのでしょうか。日本のリベラル知識人の間でも評価の高いフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドも、『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)で、ミアシャイマーと基本的に同意見だとして、「ウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある」と主張し、こう結んでいます。
 「戦争が終わった時、生き残ったウクライナ人たちは、どう感じるでしょうか。少なくとも私がもしウクライナ人なら、アメリカに対して激しい憎悪を抱くはずです。というのも、『アメリカは血まみれの玩具のようにウクライナを利用』したということこそ、すでに明らかな歴史的真実だからです」

渡辺 「陰謀論」というレッテルを貼って、評論する人こそ本当の陰謀論者ですよ(笑)。

福井 リベラル左派の歴史家デヘイヴン・スミスは、非難の意味を込めた「陰謀論」という表現の利用は1960年代から盛んになり、CIAが広めたと分析しています(『米国における陰謀論』テキサス大出版局、未訳)。

渡辺 大統領だって騙しますからね。

福井 ミアシャイマーは、米国民はエスタブリッシュメントの権化ともいえるヒラリー・クリントンではなく、オバマ、トランプと対外介入に慎重な反エスタブリッシュメントの大統領を続けて選んでいると指摘しています。ただし、エスタブリッシュメントに対して、オバマはまるでかなわなかった(no match)とも記しています(『大国の迷妄』)。オバマ自身、前述のとおり、退任直前のインタビューでネオコンとの闘いを告白しています。シリアで「レッドライン=化学兵器使用」を超えたのに、攻撃しなかったのは、その一環だった。周囲からの圧力に抗し、何とか踏ん張ったと。
 オバマは直接の軍事介入は抑えつつ、その代わりとしてドローンを使った攻撃を多用します。主観的には、空爆よりドローン攻撃の方が一般民衆の犠牲者が少なくてすむので「人道的」ということなのでしょう。ちなみに、大統領在任中のオバマのウクライナ観は、ロシアにとっては「核心的利益」(core interest)であっても、米国にとってはそうではないというものでした。

渡辺 確かにサマンサ・パワー(国連大使)や、スーザン・ライス(大統領補佐官)のような女性ネオコンのシリア侵攻の主張に従わなかったことは評価しますが、リビアのカダフィ大佐暗殺に対しては自制しなかった。

福井 リビア攻撃は当時国務長官だったヒラリー・クリントン主導で、オバマは抑えられなかったのでしょう。実は、当時副大統領だった現大統領のバイデンはオバマ同様、米国による軍事介入に慎重だったんです。

渡辺 英国とフランスもリビア空爆に積極的に参加していましたから歯止めが利かなかったのでしょう。

福井 オバマはフランスに対して、すべてお膳立てしたのにもかかわらず、手柄だけ横取りしていったと批判しています。思うにオバマ、トランプと続いたのは米国、そして世界にとって幸運でした。ネオコンにべったりのジョン・マケイン(共和党)やヒラリー・クリントン(民主党)が大統領だったら、世界はどうなっていたのか。

渡辺 中東や東欧はさらに混乱を来し、さまざまな地域で紛争が勃発していたでしよう。

福井 日本に対しては、我が国に何の益もない自衛隊派遣を要請したかもしれない。実際に命をかけるのは自衛隊員であり、威勢のいい発言を行う政治家・知識人たち「安楽椅子の将軍」(armchair general1)ではありません。


米国のホンネは「国が滅亡してでも戦え」、ロシアとの安易な妥協は許さない!

渡辺 さらにオースティンとは別に、下院議長のナンシー・ペロシと米下院情報特別委員会委員長のアダム・シフもウクライナを訪問しました(5月1日)。戦時下で、なぜキーウに行けるのか。テロが頻発していたアフガンやイラクに米政府高官が行く時は、事前説明はなく、いつも電撃訪問をしていたものですが、それよりも戦時下のウクライナの首都は安全なのでしょうか。

福井 米国政府要人の警護は、日本では考えられないほど厳重です。この平和な日本を訪れるときでもそうです。にもかかわらず、戦時下のはずのキーウを訪問できるわけですから推して知るべしです。プーチンが米政府要人に決して危害を加えないことは織り込み済みだったのでしょう。その後も、英仏伊首脳が訪問していますし。前述のとおり、プーチンは「根本的には合理的」ですから。

渡辺 しかもペロシはキーウで演説した際、「ウクライナの人々を支援するために必要な行動を取る用意がある。戦いに勝利するまで支援は続く」(until vigtory is won)と語っています。要は、「勝つまで戦い続けろ」ということですよ。

福井 ゼレンスキーを支援するというより、ロシアとの妥協は許さないという「警告」にもみえます。

渡辺 カサブランカ会談(1943年)で、ルーズベルトとチャーチルが日本やドイツなどの枢軸国に対して無条件降伏まで攻撃し続けることを決めた行為に通底するところがある。米国はゼレンスキに「我々が望む妥協案を結ぶまでは戦い続けろ」と突きつけている。“国が滅亡してでも戦い続けろ”と言っているに等しい。要するにロシアの要求は絶対に呑むな、ロシアに無条件撤退させろと主張しているわけですよ。

福井 ウクライナ軍はどこまでもつでしょうか。正規兵の練度は低く、傭兵頼みでマンパワーの補充は簡単ではありません。それでも米国は戦わせようとするのか。

渡辺 前述したように、2022年3月末の時点では、ロシアとウクライナ間の停戦交渉はほぼ妥結の方向に向かっていました。ウクライナ側の署名を待つだけだったのに、一向に進んでいません。交渉権限をゼレンススキーに与えていないのではありませんか。ゼレンスキーからすると、手足を縛られたような状況に陥っています。

福井 俳優ですから、米国の振り付けどおりにふるまえばよいということでしょう。

渡辺 そういう意味でも、ペロシは米国の意思を代弁しています。できる限り戦争を継続してほしいのですよ。ペロシとアダム・シフは、バイデン大統領の息子、ハンター・バイデンのスキャンダル「ラップトップフロムヘル」(ハンター所有のハードディスクに大量の未成年少女の写真・動画や、中国・ウクライナからの賄賂を示すメールが含まれていた)が浮上した際、「完全にロシア側による偽情報だ」と言い続けていました。
 しかも、CIA元長官のジョン・ブレナン、同じくCIA元長官のレオン・パネッタ、元国家情報長官のジェームズ・クラッパーなど、51人(非公開が9名)の署名入りで、「ハンター・バイデン氏のメールに関する公式声明」という文書を出し、ロシアの工作だと言い切りました。そうした文書を利用して、ペロシとシフはトランプ弾劾を強力に推進した。「トランプはロシアの手先として米国を破壊しようとしている」と。結局、大陪審において、ハンターのパソコンに入っていた諸情報は本物であることが判明し、彼らの策謀は失敗に帰しています。『ニューヨーク・タイムズ』ですら「本物だった」と白旗をあげています。
 ロシアに罪をなすりつけ、トランプを貶めようとした二人が、わざわざキーウに行っているわけですから、何か変だと思うのが当たり前の感覚です。


未だに横行する「日本悪玉史観」

渡辺 コロナ対策のワクチン強要ひとつとってみても、欧米の学者はリベラル思想に侵されていることがわかりました。もっと言えば、欧州全体が米民主党のようなリベラル思想に侵されています。どうして彼らはそこまで言論統制や思想統制をするのか。おそらくブレグジット(英国のEU離脱)がショックだったのではないでしょうか。トランプもブレグジット支持を打ち出した。だからこそ、トランプをあそこまで徹底的 に叩いたのでしょう。

福井 英国の政治学者、リチャード・タック、ハーバード大教授のように、ブレグジットを支持する左派知識人も現れています。自国の労働者のことを考えれば当然でしょう。巨大なグローバル企業に利用されているだけではないか、という声も出始めているのです。

渡辺 そういう支持層の多くはトランプ支持者でもある。

福井 だからこそ、リベラル主流派メディアの攻撃は激しさを増しています。効果的な反撃を行うためにも、過去を多面的に理解することが必要です。歴史認識においては、戦争が終わって80年近く経っても、「日本悪玉史観」「暗黒史観」がいまだに横行しています。それに対する反論にしても、残念ながら、日本の来し方に決定的影響を与えた当時の国際政治に関する海外の研究成果があまり反映されていません。そうした歴史認識の鎖国状態を一刻も早く打破せねばなりません。そうでないと、日本は再度、米中二大覇権国に翻弄されて、亡国の道を歩むことになるかもしれないのです。
 ウクライナ侵攻も、米国や西欧列強とのかかわりも含めた東欧・ロシアの歴史をよく理解することで、簡単には白黒をつけられないものであることが理解できるのではないでしょうか。


「ルーズベルトの呪縛」から解放された「歴史認識」を

渡辺 私が思うに、バイデン政権は言ってみれば「頭の悪いフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)政権」ですよ。FDR政権のときは、まわりのスタッフはユダヤ系と共産主義者が牛耳っていましたが、バイデン政権もまさに同じ。その正体はユダヤ系、そしてフランクフルト学派やネオコンに牛耳られている疑似共産主義政権です。そんな政権が中国に厳しい政策をとるはずがないと考えるのが正常な感覚です。

福井 私はむしろ、共産主義者とネオコンはともにフランス啓蒙主義の系譜にあり、グランドデザインによって社会を作り直そうとする「設計主義的合理主義者」(Constructivist rationalist)として、ある種、兄弟関係にあると考えています。ただし、フリードリヒ・ハイエクが指摘しているように、合理主義は一つではありません。もうひとつの合理主義、デイヴィッド・ヒュームに代表されるスコットランド啓蒙主義の系譜にある、理性の限界を自覚する「批判的合理主義」(critical rationalism)は、伝統や共同体と矛盾するどころか、その維持発展を支えるものなのです。
 さて、ルルーズベルト自身は、単なる政治的御都合主義にとどまらない、共産主義に対する一定のシンパシーはあったと思いますが、共産主義者だったとは言えないでしょう。ただし、彼は対外介入論者であり、だからこそ伝統的な保守派がルーズベルトに批判的なのに対し、ネオコンはルーズベルトを評価しているわけです。

渡辺 ルーズベルトには共産主義そのものを理解できる能力がなかったのです。『ルーズベルトの開戦責任 大統領が最も恐れた男の証言』(草思社)や『日米・開戦の悲劇 誰が第二次大戦を招いたのか』(PHP研究所)で、ルーズベルトを厳しく批判した孤立主義派の共和党議員だったハミルトン・フィッシュの証言によると、FDRが本を読んでいる姿を見たことがないそうです。たまたま読書する姿を見つけたとき、何を読んでいるかを見たら戦記物だった。ただ、FDRが権謀術数に巧みだったのは間違いありません。

福井 エレノアを妻に選んだのも、その一環でしょう。上流階級の結婚が政治的なのは世の常ですが。

渡辺 エレノアはセオドア・ルーズベルトの弟の娘(姪)ですから、政略結婚だったのは間違いありません。結婚した当時のセオドア・ルーズペルトは大統領の人気は高かった。エレノアにしてもきな臭い。前にも述べたように、彼女は“赤いファーストレディ”と言われており、FDRとは仮面夫婦だった。彼女の愛人はロシア系ユダヤ人で米学生連盟の書記長だったジョセフ・ラッシュです。日本でいうかつての全学連のトップのような存在です。
 1939年、下院非米活動調査委員会(マーチン・ダイズ委員長)では、ラッシュが喚問され、尋問を受けましたが、エレノアは左派の学生連中を傍聴席に引き連れて、ダイズ委員長を威嚇までしてラッシュを庇っています。

福井 ルーズベルトが打ち立てた今も続く戦後秩序は、経済や軍事のみならず、歴史認識にまで及んでいます。日本の言論をルーズベルトの呪縛から解き放ち、独立独歩の日本を取り戻すために、夜郎自大ではない、世界のなかの日本という視点から、過去を再検討していくことが必要です。
 ロシアのウクライナ侵攻をめぐる、最新の「戦争プロパガンダ」を一つの教材として、現代史を論じ合った成果が本書です。読者が今の国際政治情勢のみならず、その歴史的背景について考察を深めるきっかけとなれば幸いです。


おわりに ―― 米国ネオコンは21世紀のスターリニストだ 福井義高

 ロシアのプーチン大統領をソ連の独裁者スターリンの後継者とみなす議論が、ウクライナ侵攻後、以前にもまして言論の世界でポピュラーとなっている。
 しかし、真にスターリンの後継者といえるのは、世界が多極であることを前提に少数民族も含んだロシア国民の文化と伝統を重視するプーチンではなく、むしろ米国一極支配を目論む、リベラル介入主義者を含む広い意昧でのネオコンなのである。
 
そもそも、スターリンとは何だったのか。黒宮広昭インディアナ大名誉教授は、「スターリンはロシア民族主義者(nationalist)ではなかった」として、こう指摘している(『スターリン』(ロングマン、未訳)。
 「彼はロシアではなく、ソ連社会主義体制と、集団化された農業そして重工業と自己を同一化していた。ソ連体制は全くロシアではなかった」
 「ほぼ確実に、スターリン体制を支えていたのは、この指導者にも指導される者にもある程度共有されていた信念(belief)であった。未来への信念、救済(salvation)への信念、社会主義の正しさへの信念、そして歴史の法則への信念。この信念がスターリンのテロルを正当化した。この意味で、ソ連というシステムは、スターリンをその神とする信徒組織(religious order)といえなくもない」
 スターリンを本来の共産主義からの逸脱と見ることは正しくない。彼はレーニンそしてマルクスの正統な後継者であり、その「理想」を実現しようとした革命家であった。
 渡辺惣樹さんが「はじめに」で指摘されているとおり、アーヴィング・クリストルら狭義のネオコンの初期リーダーたちは反スターリンのトロツキストであった。しかし、スターリンとトロツキーは全世界の共産化という目標では一致しており、そこに至る筋道がどうあるべきかについて見解を異にしていたにすぎない。トロツキーの「永続革命」と対比されるスターリンの「一国社会主義」は、まず世界共産化の基地としてソ連を経済的軍事的に強化し、国際情勢を見て、各国を順次「解放」していくという革命戦略の一環であった。実際、革命家であると同時に現実政治家(Realpolitiker)であったスターリンは、目的に向かって着実に手を打ち続ける。そもそも、一国社会主義はスターリンの独創ではなく、ロシア革命後のボリシェヴィキの統一見解であり、レーニンはもちろん、トロツキーも含めソ連共産党の指導層は一国社会主義建設の可能性を確信していた。トロツキーが一国社会主義に反対を唱えるのは、自らが権力中枢から追われてからである。
 米国を基盤にグローバル支配を目指すネオコンは、まさしく21世紀のスターリニストといえる。
 
レーニンとスターリンの連続性はともかく、遅れた農業国であるロシアでの共産主義革命はマルクスの革命理論からの逸脱であるという、よくある主張も正しいとはいえない。1848年にマルクスがエングルスとともに『共産党宣言』を公にしたとき、マルクスが革命の機運が高まっていると考えていた当時のドイツは、すでに工業化が進展していた英国とは異なり、ロシア革命時のロシア同様、まさに遅れた農業国であっ たことを忘れてはならない。
 伊藤隆東大名誉教授が指摘するように、20世紀の日本人は共産主義、社会主義、その鬼子であったナチズム、ファシズムの中で生きてきた(『日本の内と外』中央公論新社)。日本はスターリンが目指す世界共産革命の主たるターゲットの一つであり、各国共産党同様、日本共産党はスターリンに隷従するコミンテルン日本支部であった。行き過ぎがあったとはいえ、戦前の治安当局による共産主義者弾圧は、思想そのもの を対象にしたものというより、基本的には外国(ソ連)に内通し暴力革命を目指す団体に対するテロ対策(counter-terrorism)と捉えることができる。今日では全否定するのが正統史観となっているけれども、除名されるまで30年以上にわたり日本共産党の活動家だった兵本達吉氏が指摘するように、「今日から見れば、むしろ特高警察の方が、日本を守り、日本国民を暴虐な専制政治から守っていたと言えなくはないので あって」(『日本共産党の戦後秘史』新潮文庫)、スペインのフランコ政権同様、特高警察には功罪両面あったことを認識する必要があろう。
 
日本は共産主義革命家スターリンと正面から対峙していたのである。そのスターリンをロシア民族主義者として矮小化することは、我が国がかつては自主独立のプレイヤー、1945年以降は米国の「ジュニア・パートナー」としてかかわってきた近現代史の理解を歪めるのみならず、今日の国際政治を見る目を曇らせてしまう。20世紀は、ある意味、スターリンの世紀であった。
 オランダのスターリン研究者エリック・ファン・レーが指摘するように、スターリンは非近代的なロシアあるいはアジアの体現者ではなく、理性と進歩を旗印とする西欧近代の申し子なのである(『ヨシフ・スターリンの政治思想』ラウトレッジ、米訳)。
 「スターリンは西洋の伝統と何の関係もなく、彼の死骸はロシアあるいはアジアの押し入れのなかで朽ち果てることがいずれ証明されることを、我々は願っている。しかし、残念ながら、そんな証明は不可能なのだ」
 「スターリニズムは理性の啓蒙的ユートピア(Enlightenment Utopia of Reason)の終わりではなく、その成就なのである。ソ連の独裁者は人類に大きな貢献をしてくれた。その実例でもって、スターリンは、合理主義がその計り知れない価値にもかかわらず、西洋の伝統が同時に作ってきた別の啓蒙的価値から孤立していてはならないことを示した。とりわけ、個人的自由によってバランスを保たれることがなければ、この解放の原理(liberating doctrine)は狂気となる」
 今日、我々にとって真に危険な存在は、この解放の原理の狂気に翻弄された過去を反面教師として、祖国ロシアの再建を自らの使命とするプーチンではなく、この原理に取りつかれ、強大な軍事力を背景に自らの「理想」を全世界に押し付けようとするネオコンなのだ。今回の対談では、ロシアのウクライナ侵攻を題材に、渡辺さんと共有するこうした認識の妥当性を示せたのではないかと考えている。
 付記:外国語文献引用に際しては、原則として拙訳を用い、既存訳を利用した場合のみ訳者名を明記した。



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