ピケティが教えてくれた格差と貧困のカラクリ

ピケティ著「21世紀の資本」の現物を見たら、とても読めないと思ったので、その解説書を読むことにしました。

ピケティが教えてくれた格差と貧困のカラクリ 薮下史郎監修

 数年前にピケティの「21世紀の資本」が話題になりました。それを読んでみようと思って現物を手にして見たところ、その分厚さに「これは無理だ」と実感しました。
 ピケティの主張を紹介したもの(ネット番組や本)を見聞きすると、それほど難しい内容ではないと思っていたのに・・・。
 そこで、その解説書の一つ「ピケティが教えてくれた格差と貧困のカラクリ」が目に留まったので、読むことにしました。

 あの分厚い本のエッセンスだけは理解できたように思いますし、改めてピケティの主張に賛同しました。 

 「ピケティが教えてくれた格差と貧困のカラクリ」 を紹介するために、以下に目次や目を留めた項目をコピペさせていただきます。
 興味が湧いて、他も読んでみたいと思ったら、本書を手にしていただければと思います。

ピケティが教えてくれた格差と貧困のカラクリ 薮下史郎監修



目次

●あなたも格差社会に飲みこまれるかも!?
●<まえがき>『21世紀の資本』が教える、「本当の豊かさ」とは?

PART1 ピケティと『21世紀の資本』
大ボリュームの『21世紀の資本』にはどんなことが書かれているの?
・経済学者トマ・ピケテイとは、いったいどんな人物なのか?
・刊行された『21世紀の資本』は、各国でどのような反響を呼んだ?
・『21世紀の資本』は、どうして売れているのか?
・どのような方法で、過去のデータを調べたのか?
・ピケティの立場は、資本主義を否定している?
『21世紀の資本』には、どんな批判があるか?
・『21世紀の資本』は日本では、どう受け止められているの?

PART2 “資本(富)”とは何か
近代の大家が打ち立てた経済理論を一刀両断する
・格差は資本の価値が高まることで拡大する
・経済の基本的な用語を定義する
・途上国が追い上げ、世界の格差は縮小している
・人口と経済成長、格差は密接な関係にある
・インフレでの経済成長は21世紀では難しい
・18、19世紀の格差は20世紀のインフレで縮んだ
・近現代に成立した国も資本は変化している
・資本主義の第2基本法則から21世紀の富と格差を予想する
・純粋な資本収益率は長期的に安定している
・資本増=所得増の社会構造になっている

PART3 格差はどうして生まれ、広がるのか
・世襲型中流階級の登場で格差は縮小した
・少数の上位所得者は、増え続けている
・賃金における格差は、教育格差によって生まれる
超富裕層の所得は、世界各国で増大傾向にある
・富の格差は過去200年間で増減をくり返している
・資本収益率は経済成長率よりつねに高い
“富”の偏りのあった時代にもどりつつある
・高収入より実入りがよい「相続の時代」へ
・勝ち組にはスーパー経営者と不労所得生活者が存在する
・資本収益率の格差により格差が拡大している
インフレーションは富の格差を縮小しない

PART4 格差を解決するための方法
見えない、見出せない富の分布
・国家は集めた税をどのように使うのか
・所得再分配のために重要なのは、「教育」と「年金」
累進課税の問題と、「累進所得税」という解決策
・「グローバルな資本税の導入」というアイデア
・インフレによる富の再分配の可能性
・中央銀行は富を生み出さないが、再分配することはできる
・今後の気候変動は、資本に大きな影響をもたらす

PART5 ピケティから見た日本の今とこれから
・日本の経済政策――アベノミクスによる格差
・日本の雇用――正規社員と非正規社員の格差
・日本の教育――世帯年収で生じる教育格差
・日本の税制――増税と減税による格差
・日本の地域経済――大都市圏と地方の格差
●知っておこう!経済データのあれこれ
●<あとがき>格差社会のリスクを警告する、「政治経済学」の登場
●主要参考文献


まえがき

『21世紀の資本』が教える、「本当の豊かさ」とは?
 昨年末から「ピケティが~」「ピケティは~」と、新聞や雑誌などの多くのメディアでトマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房)が盛んに取り上げられています。とくに、1月に著者が来日したときにはテレビ出演や講演会、さまざまなインタビューが行なわれたので、さらにブームに火がついたようです。ビジネスパーソンや学生などが集まると、『21世紀の資本』をよく話題にしています。
 しかし、よくよく聞いてみると、ほとんどの人は実際には彼の著作を読んでいないようです。あるいは、書店で購入したけれど、700ページ近い分厚い本に圧倒され、加えて、小さな活字で読むのを諦めた人もいるようです。
 それでも多くの人びとは、この本に関心をもっています。なぜでしょうか?
 答えは、この本が格差問題を論じているからです。

  +日本は格差社会が顕著となりつつある
 貧富の格差が話題になるのは、初めてのことではありません。格差や貧困がジャーナリズムなどを通して、広く社会的関心を引くことは景気循環のようにくり返されています。今回も、そのひとつかもしれません。ただ近年、世界各国で格差が社会問題となっています。グローバリゼーションの進展と市場競争の激化によって、強者がより強く、弱者がより弱くなる傾向が急速に進んでいると感じている人が多いためです。
 アメリカでは2011年秋に多くの若者がウォール街でデモを行ない、。近くの公園を数週間にわたって占拠しました。規制緩和政策のもとで金融機関や大企業の利益が伸び、それらの役員が高額な報酬を得て、他方では経営破綻に陥ったときには政府が金融機関や大企業を支援し、経営者を救済しました。それにくらべて、多くの若者は職を得ることができず、不況の影響で一番に解雇されるというリスクにさらされていました。そのような不平等な社会、不公正な制度に対する若者の不満が爆発したのです。
 高度成長期には「一億総中流」と言われた日本社会も、今では格差社会といわれています。若者の就職難にはじまり、非正規労働と正規労働との雇用条件の格差が指摘され、若者を過酷な労働条件で働かせている、いわゆるブラック企業が告発される事件も、たびたび報道されています。
 その一方で、日本では高額所得の経営者が増加しています。1億円以上の年収の経営者は公表が義務づけられているのですが、好況の影響もあり、その数が増えているのです。
 たとえば、日産自動車のゴーン社長は10億円近くの年収を得ています。各企業経営者の会社に対する貢献度を測ることも、彼らが得ている所得が妥当な額かどうかを判断することもむずかしい問題です。しかし、10億円は多すぎると考える株主も少なからずいます。そのような意見に対し、株主総会でゴーン社長自身は、「これくらいの所得はグローバル・スタンダードであり、そうでないと世界の有能な社長を雇うことはできない」と反論しています。
 近年、日本プロ野球界においても数億円の高給取りの選手が増えています。年俸の上昇は、ダルビッシュ有投手が数十億円、田中将大投手が百数十億円もの契約金でメジャーリーグに移籍しているという、スポーツのグローバリゼーションの影響もあるでしょう。ちなみに、物価のちがいはありますが、王貞治氏は現役時代の年俸が1億円を超えたことがなかったそうです。
 ともあれ、このような若者の貧困と高給取りの増加が併存している日本社会を身近に感じている人びとが、ピケティの格差論に興味をもつのでしょう。

  +最上位の富裕層が社会全体の富を独占する
 ところで、格差とは人びとの所有している富・財産の差でしょうか?、それとも毎年稼いでいる所得の差でしょうか?。そして、所得・富の不平等はどのように測られるのでしょうか?。
 所得分配の不平等度を測る尺度として、「ジニ係数」という概念を思い出す読者もいるかもしれません。これは社会の所得分配の不平等度をひとつの数値で表わそうとするものす。
 すべての人の所得(または富)がまったく同じで、所得分配が完全に平等であるとき、ジニ係数は0になります。所得分配が不平等になるほどジニ係数は大きくなり、ひとりの人がすべての所得を独り占めする極端に不平等なときにはジニ係数は1になります。一方ピケテイは、ジニ係数ではなく、上位の1パーセントや10パーセントなどの富裕層が社会全体の所得の何パーセントを占めているのか、また何パーセントの富のシェアをもっているのか、また彼ら富裕層の所得の源泉と富の構成に焦点を絞り、格差を論じています。
 なお、2013年に厚生労働省が発表した2011年の日本のジニ係数は、0.3791。これは過去最大となる値でした。
 このように、『21世紀の資本』で金持ちの所得シェアに注目することは、読者の直感にアピールする有効な手段と思われます。この有効な手段で、「21世紀には富める者がますます富むことになり、格差社会が戻ってくる」と警鐘を鳴らしたことが、ピケティ・ブームを世界で引き起こしたのでしょう。

  +「本当の豊かさ」についてのヒントを教えてくれる
 『21世紀の資本』は経済学の本ですが、学問的な研究成果に留まらず、もっと普遍的なメッセージが込められていることも、この本がベストセラーとなった要因かもしれません。
 人びとにとって経済的な豊かさは人間的な生活を送る上で重要で不可欠な要素ですが、富や所得がすべてではありませんし、財産が多ければそれだけ心豊かで幸福になるとはかぎりません。それよりも、「何のために働くのか」、「どのような人生を送るべきか」、「そのためには社会をどのように変えていくべきか」などを、わたしたちは考えるべきであると、ピケティは著書のなかで暗黙のうちに教えてくれています。
 メジャーリーグでの20億円を超える年俸を捨て、広島カープに復帰した黒田博樹投手の決断は、人がお金のためだけに生きているのではなく、ほかに大切なものがあることを教えてくれたように思います。「男気」と表現している人もいますが、このニュースはわれわれが忘れがちな気持ちを思い起こさせ、多くの人の心に爽やかさを残しました。『21世紀の資本』も、それに相通じるものがあると言えるのではないでしょうか。
 本書は、多忙でピケティの本にじっくりと挑戦する時間がない人のために、その内容をやさしく解説したもので、全部で5つのPARTに分かれています。
 冒頭のPART1では、『21世紀の資本』がいかに読者に受け入れられたのか、またピケティはどんな経済学者なのか、その横顔に迫ります。続く、PART2・3・4では、『21世紀の資本』で語られている「資本とは何か」、「格差はどのようにして生まれるのか」、「格差を解決するにはどうすればよいのか」という問いについて、それぞれ解説します。
 最後のPART5では、ピケティが講演等で語った内容をもとに、日本固有の問題点を浮き彫りにします。そして、それをいかに解決すべきかについてもふれています。
 本書が、読者のみなさんがピケティについて議論するときの助けになることを希望しています。
  早稲田大学名誉教授 藪下史郎


大ボリュームの『21世紀の資本』にはどんなことが書かれているの? P16

 <難解な学術書かと思いきや、書いてあることは、意外とシンプル>
 トマ・ピケティの『21世紀の資本』は700ページを超える大著ですが、そこに書かれているこは意外とシンプルです。著者がこの本で主張していることは、大きくまとめれば次のふたつとなります。
 ①資本主義の社会では、放っておくと貧富の格差が拡大するしくみになっている
 ②格差を縮小するためには、世界規模で累進課税の富裕税を導入する必要がある
 これだけのことをいうのに、なぜ700ページも必要だったのかというと、過去200年にわたる世界各国の資産や所得のデータを分析しているためです。これほど広範囲、かつ長期間のデータをあつかっている経済学の本は、これまで存在しませんでした。これこそが、この本の最大の特徴であり、画期的な点といえるでしょう。
 ①を補足すると、従来の経済学では基本的に、資本主義が発展すればするほど、つまり経済活動が活発になればなるほど貧富の格差は縮小すると考えられてきました。ですが、ピケティは膨大な過去のデータの分析により、それが間違いだと証明したのです。
 第二次世界大戦後の社会では、格差は縮小の方向に動いていました。しかし、もっと長いスパンで眺めてみると、その時期20世紀中盤から後半にかけての数十年間が例外的な期間だったことがわかったのです。それ以前は、つねに格差は拡大傾向にありましたし、近年もふたたび拡大傾向にもどりつつあります。  ピケティは、格差の拡大を次のようなかんたんな式で表わしました。
  r>g
 rは資本収益率、gは経済成長率を示しています。ようするに、一般の国民が働いて得た所得の伸びより、株式や不動産といった資産をもっている富裕層の利益の伸びのほうが大きいということです。そのため、経済が成長すればするほど格差は拡大し続けるのです。ピケティはこの式を、「資本主義の根本矛盾」と名づけています。

  +世界規模の富裕税という夢物語
 格差の拡大を防ぐための解決策のひとつとしてピケティが提案しているのが、②の「世界規模で累進課税の富裕税を導入する」です。累進課税の富裕税は、かんたんにいえば、金持ちになればなるほど高い税金を払わなければいけないということ。金持ちが納めた税金を貧しい人に分配することができれば、当然、格差は縮小します。
 ここで重要なのは、「世界規模」という点です。もし、どこかの国だけが累進課税の富裕税の導入をしなければ、大半の金持ちはその国に資産を移して税金を逃れようとするためです。しかし、世界規模での累進課税の富裕税の導入は現実的ではありません。税の制度は国によってちがうので、統一するのはきわめて困難です。加えて、世界中の人の資産状況を正確に把握することも、むずかしいといわざるを得ません。
 ピケティ自身も、「世界規模の富裕税」というのが夢物語であることは認めています。ですが同時に、そういった制度を強制的にでも導入しなければ、格差の拡大を止めることはできないのです。そして、格差が拡大すれば社会が不安定化し、戦争や暴動など、さまざまなリスクが高まることになるでしょう。
 <POINT>
・資本主義の社会では、放っておくと貧富の格差が拡大する。
・格差を縮小するためには、世界規模の富裕税を導入しなければいけない。
・格差が拡大すると、社会が不安定化する。


『21世紀の資本』には、どんな批判があるか?  P40

<世界各国の経済学の大家から寄せられている、ピケティの主張への指摘>
 世界的なベストセラーとなり、経済の専門家からも高い評価を得ている『21世紀の資本』にも、当然ながら批判がないわけではありません。
 まず、「格差が今後も拡大し続ける」というピケティの主張に対して、アメリカの経済学者で、クリントン政権で財務長官を務めたローレン・サマーズは反対の意見を表明しています。サマーズは、資本の増加で得られる利益は段階的に少なくなっていくので、格差の拡大には限界があると述べています。これは、「収穫逓減の法則」と呼ばれる経済学に古くからある考え方です。
 さらにサマーズは、1982年時点でのアメリカの富裕層上位400人のうち、2012年も上位400人に留まっていたのは1割にすぎないとして、「格差の固定化」にも疑問を投げかけています。
 同じような批判は、「もっとも影響力のある経済学者」とも呼ばれているアメリカの経済学者、タイラー・コーエンも寄せています。コーエンによると、「資本家を『金利生活者』のようにあつかっているが、収益を得るための、さまざまなリスクについてはふれられていない」とのこと。要するに、富裕層がその資産を使って利益を拡大することは、ピケティが考えているよりもむずかしく、リスクが高い危険な賭けであり、事実、資産管理の失敗によって富裕層の座から滑り落ちる人も多いということです。
 ピケティが格差拡大に対する処方箋として提案している「世界規模の累進課税の富裕税」にも、一部からは強い批判が向けられています。アメリカ連邦準備制度理事会(アメリカの中央銀行)の議長だったアラン・グリーンスパンは、「そのような制度は資本主義ではない」と頭から否定しています。そして、グリーンスパンは、「人びとの生活レベルが向上するのは、経済に占める資産や富のシェアが拡大したときだ」と、ピケティの主張に反論しました。コーエンも、「累進課税の富裕税」を導入すれば、労働意欲は減退し、新規ビシネスヘの投資も減少するため、経済に悪影響を与え、結果として人びとの生活は苦しくなると述べています。
 総じてアメリカの経済界では、自由な市場の動きに任せ、できるだけ政府などが介入しないほうが経済は発展するという新自由主義の考え方が主流となっています。そのため、ピケティの主張に抵抗感を覚える人が多いようです。

  +マルクス主義的な立場からの批判も
 新自由主義者たちとは正反対の批判もピケティに向けられています。イギリスの政治経済学者でマルクス研究の専門家、デヴィッド・ハーヴェイは、「資本が一貫して、かつてないほどの不平等を生み出す傾向をもっている」ことを統計的に証明したことは評価しつつも、「累進課税の富裕税」という実現不可能な解決策を提案するだけで、資本主義を肯定し、かつ共産主義の可能性を否定するピケテイを批判しているのです。
 別の批判には、ピケティの理論は膨大で雑多なデータを単純化して導き出したものにすぎず、推論の域を出ないというものもあります。確かに、ピケティが根拠とするデータは不完全ですから、この批判に関してはピケティもある程度は受け入れているようです。
<POINT>
・ピケティへの批判①格差の拡大には限度が存在するはず。
・ピケティへの批判②「累進課税の富裕税」は経済に悪影響が出る。
・ピケティへの批判③ピケティの提案している解決策は現実的ではない。


近代の大家が打ち立てた経済理論を一刀両断する P50

 <著名な経済学者の理論であっても、現代社会においては通用しない>
 ピケティが700ページもの分厚い『21世紀の資本』で述べたかったのは、21世紀の現代世界における富の分配、そして階層間における格差とその是正のために各国が採れる政策の提言でした。そのために、まずピケティは、近代以降の経済学の大家と彼らの著書の問題点を述べることからはじめています。
 ピケティがダメ出しをしたひとり目の経済学者は、1798年に『人口論』を発表したイギリスの経済学者、トマス・マルサスです。マルサスは『人口論』のなかで、「食糧の生産は算術級数的(足し算的)に増えるが、人口は幾何級数的(掛け算的)に増えるため、世界から飢えは絶対になくならない」という悲観的な未来を予測したことで知られます。
 次に、1817年に『経済学および課税の原理』を刊行したイギリスの経済学者、デヴィッド・リカードを取りあげます。リカードの理論は、「地価は継続的に上がるので、地主に支払う地代も上がり続ける。だから地主の所得は増え続け、格差が拡大する。それを防ぐには、地代への課税率を引き上げることしかない」というものでした。これらマルサスとリカードの理論を、ピケティは「データを十分に使用していない」として、現在では通用しない理論であることを示唆しています。

  +すでに崩壊しているマルクス理論
 さらにピケティは、現在のドイツ出身で1867年にかの有名な『資本論』を上梓した経済学者、カール・マルクスにも言及しています。ピケティの著書が『21世紀の資本』とタイトルがつけられていることからわかるように、ピケティはマルクスを意識しています。
 ピケティは、マルクスが資本主義社会に対して終末的な予測をしたものの、「技術進歩と安定的な生産性上昇の可能性を考慮していなかった」、「自分の結論を正当化するために研究を進めた」などと指摘。その裏づけとして、産業革命が波及しなかったヨーロッパ後進国で共産主義革命が起こったと論じます。
 20世紀アメリカの経済学者、サイモン・クズネッツについても触れています。クズネッ ツは1955年、クズネッツ曲線という格差の推移を表わす曲線を発表しました。この曲線は社会が発展していくにつれて一度格差は拡大するが、発展し続けると格差が縮小に向かうことを表わしています。1913年から48年のアメリカのデータを使って証明したクズネッツの理論について、ピケティは「大恐慌と第二次大戦という特殊な要因が生みだした偶然の産物」と否定。クズネッツ曲線の理論は実証的根拠が弱いことを指摘しました。
 近代経済学の名著では、富と格差に関するさまざまな理論が生まれました。しかし、ピケティはそれらの理論が「21世紀の現在には当てはまらない」と考えます。そこで、1700年ごろから現在までの、各国の所得分配など格差に関する膨大なデータを使って分析を行ない、『21世紀の資本』でみずからの考えを提言していくのです。
<POINT>
・十分なデータを使用していないとマルサスやリカードを批判。
・技術進歩と安定的な生産性上昇の可能性を除外したマルクスも批評する。
・大恐慌や大戦をもとにしているクズネッツ曲線を否定。


超富裕層の所得は、世界各国で増大傾向にあるP108

<アメリカを筆頭に、世界中で超富裕層の所得が爆発的に増えている>
 世界各国で上位「トップ1パーセント」に当たる超富裕層の所得は増大傾向にありますが、上昇スピードは国によってちがいが見られます。ピケティはまず、アングロプサクソン諸国における超富裕層の所得がどれくらいの勢いで増えているかをデータで示します。
 アングロ・サクソン諸国の、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアにおいて、いずれも「トップ1パーセント」の人びとの所得が全体に占める割合が激増しています。そのなかでもとくに、アメリカにおいて超富裕層の所得が爆発的に増大しています。
 1970年代には、アメリカの「トップ1パーセント」が全体所得に占める割合は6~8パーセントであり、ほかの3ヵ国と同じような水準でした。それが2010年代初頭になると、アメリカの「トップ1パーセント」が全体に占める割合は20パーセント近くにまで跳ね上がります。一方、イギリスとカナダは15パーセント程度、オーストラリアは10パーセント程度に留まっています。

  +日本と欧州の格差拡大も深刻
 もっとも、イギリス、カナダ、オーストラリアにおける所得格差拡大は、確かにアメリカよりも緩やかではありますが、アングロ・サクソン諸国以外の国ぐにと比較すると、それでも高い水準にあることがわかります。
 たとえば日本を見てみると、1980年代には「トップ1パーセント」の所得が全体に占める割合は7パーセントでした。その日本でも近年は所得格差が拡大していますが、それでも現在、「トップ1パーセント」の割合は9パーセント程度です。
 イギリス以外のヨーロッパ諸国でも、所得格差の拡大は比較的緩やかとなっています。1980年代から2010年代初頭にかけての「トップ1パーセント」の割合は、たとえばスウェーデンでは4パーセント程度から7パーセント程度に、ドイツでは9パーセント程度から11パーセント程度にまで上昇しました。
 ほかにも、デンマークでは5パーセント程度から7パーセント程度に、イタリアとスペイン、フランスでは7パーセント程度から9パーセント程度にそれぞれ上昇しています。アングロ・サクソン諸国にくらべると、日本やヨーロッパ(イギリスを除くヨーロッパ大陸諸国)では、所得格差拡大はそれほどはげしいものではありません。
 ただし、アングロ・サクソン諸国とくらべて緩やかだからといって、日本やヨーロッパ の所得格差拡大に問題がないわけではありません。日本とヨーロッパで見られる「2、3ポイントの増大」も、「所得格差の著しい増加を意味することは間違いない」とピケティは指摘しています。なお、新興経済圏においても、1980年代以降、アメリカほどではないものの所得格差が拡大していることがわかっています。
<POINT>
・世界中で超富裕層の所得が全体に占める割合が急増している。
・日本とヨーロッパの格差拡大はアメリカよりは比較的穏やか。
・それでも、水準としては日本とヨーロッパの格差拡大も深刻。


"富"の偏りのあった時代にもどりつつある P120

 <現時点での富の格差は、過去の富の格差ほど大きくはない>
 第一次世界大戦がはじまる1914年ごろまでは、今よりも富の格差はずっと大きいものでした。その格差は、皮肉にも2度の世界大戦で富が破壊されることで大幅に解消されました。
 また、戦後になって、全世界的に金持ちへの税金が重くなったことも格差是正につながりました。しかし、しだいに金持ちへの税金の負担が軽くなっていったこともあり、1980年代からふたたび格差は拡大しています。
 現在は、第一次世界大戦以前のような格差拡大がふたたび起こっているのは事実ですが、ピケティはひとつの疑問を提示します。なぜ、戦争が終わって70年ほどが経ったにもかかわらず、現在の富の格差は、第一次世界大戦以前の水準ほどまでには悪くなっていないのか、と。
 ピケティ自身の答えは「今日富が過去ほどは不平等に分配されていない理由は、単に1945年以降まだ十分に時間が経っていないから」というものです。現在は、第一次世界大戦以前の水準をめざして格差拡大を続けている真っ最中というわけです。70年経っても解消できないほど、戦争による資本破壊の影響は金持ちにとって大きかったということになります。

  +「税制競争」が招く最悪の事態
 近年になって金持ちへの税金の負担が軽くなったとはいっても、第一次世界大戦以前よりは依然として重いものとなっています。そのため、格差の拡大が抑えられているといいます。
 第一次世界大戦以前は、資本所得や法人利潤には税金がほとんどかかりませんでした。そのため、金持ちは資本をどんどん増やすことができました。
 具体的なデータで見てみると、1900~10年以前は、資本所得にかかる税率は平均でほぼ0パーセントでした。最大でも5パーセントだったといいますから、金持ちにとっては無税も同然でした。
 一方、戦後の1950~80年になると、先進国では資本所得にかかる税率は平均で約30パーセントになりました。この水準の税率は、2000~10年においてもある程度維持されています。
 もっとも、先ほども説明したように、近年は資本所得にかかる税率が下落傾向にあります。金持ちの資産・財産を呼び寄せるために低い税率を設定するという「税制競争」が世界各国で行なわれるようになったからです。
 もし、このまま税率が下がっていって、最終的に金持ちへの重い税金という制度がなくなってしまうと、「過去に経験したものに近い、また状況次第ではもっと大きな富の格差が生じかねないリスクが高まる」とピケティは警鐘を鳴らしています
<POINT>
・第一次世界大戦以前のように、現在は格差拡大の時代。
・ただし、戦争の余韻や税制のおかげで以前ほどは格差が悪化していない。
・金持ちへの課税が甘くなると以前より格差が拡大する可能性もある。


インフレーションは富の格差を縮小しない P136

 <インフレになったから資本収益率が減り、格差が縮まるということはない
 富の格差を縮めるには、経済をインフレにすればいいという人がいます。インフレとはお金の価値が下がる現象ですから、金持ちがもっている富、および富から得る収益(資本収益)の価値も下がります。
 一方で、富をあまりもっていない労働者は、富および収益の価値が下がっても大きな影響を受けません。結果として、富の格差は小さくなるというのです。
 ただし、インフレが資本収益を減らし、富の格差を縮めるという考え方は疑わしいとピケティは指摘します。その理由は以下の通りです。
 まず、ピケティは歴史的なインフレ率のデータを示します。19世紀から20世紀はじめまでの富裕国はインフレ率がほぼゼロでした。その後、インフレ率は上昇しますが、1980年代以降は低下し、現在まで富裕国のインフレ率は約2パーセントという水準で安定しています。

  +金持ちはインフレでも富を蓄積
 2パーセントのインフレ率で物価が上昇したとしても、富の格差を縮めることにはなりません。というのも、「平均資産価格(つまり不動産や金融証券の平均価格)は、だいたい消費者物価と同じ速度で上昇するから」です。
 インフレによってお金の価値が下がりますから、富に税金のようなもの(インフレ税)がかかるように思えます。
 しかし、インフレになれば資産価格も上がるため、不動産や株に投資をしておけば、金持ちはインフレの影響から逃れられます。現金のまま富をもつ金持ちはインフレで富を減らすことになりますが、不動産や株をもっている金持ちはインフレでも富を失うことかありません。
 不動産や株から得られる収益は(少なくとも一時的には)現金ですから、インフレによって価値が下がります。ただ、不動産や株の価値はインフレと連動して上昇していますので、資本収益率が一定とすると、得られる収益は変わらないことになります。
 たとえば1億円の株から5パーセントの配当を得る場合、配当金は500万円です。インフレ率が2パーセント上昇すると、株価も2パーセント上昇して1億200万円になる一方で、インフレを考慮する前の配当金は510万円となります。この510万円の価値がインフレで2パーセント下がるので、結局は約500万円。インフレ率が上がる前と後とで、実質的な資本収益に差は生まれないのです。
 このように、金持ちはインフレの影響を受けずに資本収益を生み、富を増やし続けられます。ところが、労働者はそうもいきません。労働者の多くは現金や預金という形でわずかな富をもっていますが、銀行預金の利率はインフレ率とほぼ同じなので、そこから得られる利息はインフレによって打ち消されます。インフレは富の格差を縮めるどころか、富の格差を固定化し、さらに拡大させる可能性もあるとピケティは結論づけています。
<POINT>
・インフレになれば富の格差が縮まるという主張は間違い。
・インフレでも資産収益は変わらず、金持ちの富は増え続ける。
・インフレは富の格差を縮めるどころか、貧者を苦しめるだけ。


見えない、見出せない富の分布 P142

 <公式の統計から見えてこない富は、タックス・ヘイヴンに蓄積されている>
 収入と支出の管理は、家計簿をイメージするとわかりやすいでしょう。給与などの収入と家賃、光熱費、食費などの支出をもれなく記載すると、残高がはっきりするからです。
 通常は、その家庭の収入の範囲内で収入>支出、あるいは収入=支出となるようにやりくりします。収入<支出ということになれば、家庭以外のどこかからお金を調達しなければならなくなるからです。
 世界の複雑な経済の実態も、この収入と支出のしくみに置き換えるとわかりやすいでしょう。ピケティは、この数十年間の欧米諸国の富裕国の対外純資産を合計すると、世界GDPのマイナス4パーセントにも達すると指摘しています。ということは、貧困国が外国に所有する資産は、富裕国に対してプラス4パーセント程度でないと収支が合いません。
 しかし実際には、貧困国の対外純資産もマイナスです。つまり、さまざまな財務統計や国際収支データを持ち寄って網羅しても、世界全体では大幅なマイナスを計上しているのです。ピケティは「地球は火星に所有されているように見える」と表現していますが、よその星からお金を融通しないかぎり、収入<支出という構図は成立しません。
 ピケティの教え子でもある20代の若手経済学者、ガブリエル・ズックマンは、各種統計を比較検討した結果、「報告されていない巨額の金融資産がタックス・ヘイヴンに存在する」とし、その金額は「世界GDPの約10パーセントに相当する」と指摘しています。2012年時点での世界GDPの総計は約61兆米ドルといわれていますから、ズックマンの推計通りとすると、6兆米ドルもの富がどこにも報告されていないことになります。
 統計に出てこない隠されたままの富の総計は、「世界の富の1/4」とする推計も存在しますが、「世界GDPの約10パーセント」という数値はある程度現実的なのではないかとピケティも考えています。

  +富の蓄積と情報の秘匿が企業や富裕層に有利
 タックス・ヘイヴンは日本語では「租税回避地」を意味し、所得税や法人税などの税金が極端に安かったり、無税だったりする地域や国のことをいいます。
 これらの国や地域は、資源もなく自国の産業を持たない弱小国(地域)であるため、外国企業や富裕層の資産を集めて経済を潤わせ、生き残りを図っています。ピケティも、タックス・ヘイヴンにあるほとんどの金融資産が富裕層のものであることを「明白」と断言しています。
 近年は、秘匿性の高いスイスの銀行も守秘義務の緩和をはじめるなど、タックス・ヘイヴンに対する国際的な包囲網が年々強化されてきています。隠されていた富のありかが、今後少しずつ明らかになっていくことでしょう。
<POINT>
・公式統計上、世界の収支は大幅なマイナスになっている。
・報告されていない世界の富の約10パーセントがタックス・ヘイヴンに隠されている。
・タックス・ヘイヴンの秘匿性にはメスが入ろうとしている。


累進課税の問題と、「累進所得税」という解決策 P154 

<富裕層への効果的な方法は、トップ層に対する税率80パーセント以上の課税>
 ピケティは、所得が高くなればなるほど税率が引き上げられる累進課税について、「あらゆる政治課題の中でもっとも重要なもの」と断言し、最重要視しています。累進課税は民主主義の進展と社会国家の発達に貢献していると考えられるからです。
 ところが、利子や配当金といった資本所得を累進所得税から除外している国が多いため、富裕層のトップに分類される人たちの所得への課税は、多くの国で目的とは正反対の、「逆進的になっている(あるいは間もなくそうなる)」というのがピケティの持論です。
 トップ層に対する課税がさらに逆進的になったら、税率の高い底辺所得層だけでなく、わずかな累進性を課せられている中間層の不平等感が今まで以上に高まるはずです。社会国家を維持するには、それを避けなければなりません。しかしピケティは今、累進課税の存続が脅かされていると考えているのです。

  +課税によって富の集中を防ぐ
 20世紀初頭までに、ほとんどの先進国は累進所得税を採用しました。この方法が「産業主義がもたらした格差を制限しつつ、私有財産と競争の力を尊重し続ける手法」だったからです。
 第一次世界大戦前までは、富裕トップ層に対する税率はきわめて低く、高くても10パーセント以下が適正だと考えられていました。ところが、大戦で財政が危機的状態となった各国は累進所得税を引き上げました。
 1932年~80年のアメリカでは、所得税の平均最高税率が81パーセント、イギリスでは1940年代に最高所得や遺産に対して98パーセントもの税率を適用していました。しかし、1980年以降のイギリス、アメリカでは、ヨーロッパ諸国よりも税率が低くなり、最高税率は30~40パーセント程度に引き下げられたのです。
 この引き下げは重役給与の大幅な上昇をもたらしました。累進税率が高ければ、巨額の報酬のうち、かなりの割合が税金として徴収されて手元にあまり残らず、報酬の巨額化を防ぎます。しかし、累進税率が引き下げられれば、自分の取り分か増えて富の蓄積が容易になります。ですから、ピケティは「最高所得に対して没収的な税率をかけるのは、可能なばかりか目に見える超高給与の増大を阻止する唯一の方法」、「推計によると、先進国で最適な最高税率はおそらく80パーセント以上」と断言しているのです。
 とくにアメリカは欧州にくらべ、医療や教育面の公共サービスが貧弱なので、さらなる投資を促進するためには累計課税が有効だからです。
 富裕トップ層の人たちに80パーセントの税率をかけても、政府の歳入にはたいして影響がありません。反面、この税率にすることで富裕層の報酬を劇的に下げ、富の支配と蓄財に待ったをかける、さらには低水準所得層の底上げができるとピケティは踏んでいます。
<POINT>
・富裕層のトップの人たちに対する課税は多くの国で逆進的。
・最高所得に対して80パーセント以上の課税をするのは、重役に対する巨額報酬を阻止し、広く分配しつつ、低水準の所得を底上げできる。


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