【 一茶記念館・旧宅 】


2005年7月31日一茶記念館と一茶旧宅を訪問しました。

一茶記念館。
一茶像。
俳諧寺一茶堂(明治43年建立)。
堂内天井には名士・文人の俳句・筆跡がある。
天井。
一茶の墓。
是がまあつひの栖(すみか)か雪五尺少年のころ江戸に出た一茶は35年間の旅に終止符を打ち故郷に定住する決意で雪の柏原に帰ってきた。
文化9年11月24日、一茶50歳のときであった
国道8号沿いにある、史跡小林一茶旧宅。

<案内板にあった説明文>
小林一茶は、1763(宝暦13)年柏原に生まれ、15歳で江戸に出て葛飾派の俳人になりました。30歳から6年余にわたり、俳句修行のために関西四国九州をめぐりました。
その後再び江戸に戻り夏目成美に師事し、房総地方などを巡回する漂泊の生活を続けました。
50歳で柏原に帰郷した一茶は、父の遺言により家屋敷や田畑を弟と分けました。屋敷の北半分が一茶、南側が弟弥兵衛のものとなり間口9間の家を仕切って暮らしました。他に一茶は間口3間半、奥行き2間の土蔵を譲り受けました。
52歳でようやく結婚し、4人の子供をもうけましたが、次々に亡くなり妻にも先立たれてしまいました。その上宿場の大火で類焼し、1827(文化10)年11月19日に焼け残った土蔵で65歳の生涯を閉じました。
晩年の一茶は北信濃で門人の指導にあたりながら2万句もの俳句を残しました。大火後、弟の屋敷には間口4間半、奥行き4間の小さな家が再建され柏原宿の面影を今に伝えている。
旧宅が昭和32年(1957)に国史跡に指定され、一茶が暮らしていた母屋の跡に、29歳のときに詠んだ句碑が建てられた。
門の木も先つつがなし夕涼
終焉の土蔵。
土蔵の脇には、俳諧寺一茶位牌堂。



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