【 徳昌寺(とくしょうじ) 】



 
長岡市(旧与板町)にある、曹洞宗の徳昌寺(とくしょうじ)は、兼続(直江家)の菩提寺だそうです。
2009年3月11日訪問

香積山徳昌寺(こうしゃくさんとくしょうじ)は、文明11年(1479)直江家を開基、耕陰道夫(こういんどうふ)を開山として創始以来上杉家の帰依、直江家の菩提寺として栄えました。
上杉家・直江家の会津移封、米沢移封以後も、牧野家・井伊家藩主の崇敬と檀信徒、特に豪商大坂屋三輪家の庇護により開山以来今に到っています。
文政11年(1828)有栖川宮家の祈願所となり、寺院のいたるところに菊の御紋章が見られます。また、境内には縄文時代の生活跡があり、火焔形土器等が出土し、西山丘陵の縄文文化の跡を物語っています。
釈迦の命日に行なわれる「涅槃会(ねはんえ)だんごまき」は広く住民にも知られ、代々の住職は托鉢で町内をまわるなど広く教化活動を行い、住民から「方丈様」と親しみを込めて尊称されています。
良寛の父の実家が与板にあったことから、良寛はよく与板を訪れており、ここ徳昌寺には良寛と交友があった三輪左一や維馨尼の墓があります。
<境内にあった案内板の文章>

国道403号から見た、徳昌寺参道方向。

では、石段を上りましょう。

石段の途中から、山門方向です。

山門です。

正面から山門です。
 

山門に向かって右の仁王像です。

左の仁王像です。
これらの仁王像は朝鮮の高麗時代の作と伝えられています。古く渡来し今の千葉県の某寺にありましたが明治維新の兵火に遭い、その没落のために東京の古物商大澤氏の手に渡り、その後昭和2年8月に大澤氏から徳昌寺に寄進されたものです。<案内板から>

本堂の屋根には、

菊の紋章です。

鐘楼。

これは、何堂なのかは不明です。

上の画像の堂付近から本堂方向。

参道の石段を下ります。
画像上部にトラックが写っていますが、あそこが一番上の画像を写した国道403号です。

国道403号沿いの与板の町並み。
多くの田舎町で見られる景色ですが、寂しい状況です・・・。

徳昌寺には駐車場が無いように思われましたので、上の画像の交差点から国道403号を北へ200mほどの所にあるここに駐車しました。

建物の中には、与板の打刃物が展示してありました。
与板の金物の起こりは戦国時代にさかのぼります。
上杉謙信の四天王の一人直江大和守実綱(兼続の祖父)が、天正6年(1578)に春日山から兼光・兼辰の流れをくむ刀剣師を与板に連れてきた時から与板打刃物は産声を上げました。<パンフレットから>

今時(「天地人」が放送されている時)ですから、やはり「愛」ですね・・・。

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