【 月潟駅 】

月潟駅は新潟県西蒲原郡月潟村大字月潟(現新潟市南区月潟)にあった、新潟交通電車線の駅です。
新潟交通電車線は平成11年(1999)4月に廃線になりましたが、その後駅周辺の廃線敷は遊歩道などを有した「旧月潟駅周辺公園(きゅうつきがたえきしゅうへんこうえん)」として整備されました。
構内には同線で使用されていた車両3両が静態保存されています。

2008年7月12日訪問


月潟駅と新潟交通電車線の歴史
昭和 4年 6月 奥山亀蔵氏らを中心に中ノ口電気鉄道㈱設立。
昭和 7年 7月 新潟電鉄㈱に改称。
昭和 8年 4月 東関屋~白根間17.1キロ旅客運輸営業開始。
昭和 8年 7月 県庁前~東関屋間2.6キロ(路面区間)旅客運輸営業開始。
昭和 8年 8月 白根~燕間16.1キロ旅客運輸営業開始。全線開通に伴い月潟駅も営業開始。
昭和16年12月 月潟駅を行き違い駅に設備変更する。(2番線ができる)
昭和18年12月 新潟合同自動車㈱と合併、新潟交通㈱に改称。
昭和57年 7月 貨物取扱の廃止。
平成 4年 3月 白山前(旧県庁前)~東関屋間2.6キロ廃止。
平成 5年 8月 月潟~燕間11.9キロ廃止。
平成11年 4月 東関屋~月潟間21.6キロ廃止。これにより新潟交通電車線は66年間の幕を閉じた。
平成11年 4月 月潟駅保存のために3両の車両が月潟村に寄贈された。
(案内板から)

月潟駅入口。

角兵衛地蔵尊
角兵衛獅子の一党が芸道上達と巡業中の安全を祈願し守護尊としてきたものだそうです。
地蔵尊の本体は大小二躯で、口碑によれば織豊時代(1560~1600年頃)に作られたものといわれている。
角兵衛獅子の一党は地蔵菩薩の縁日である6月24日には、全国の巡業から帰り、地蔵尊の前で巡業中の無事を感謝し、村民に対する慰安報謝のため、その技芸を競演奉納したそうです。
(案内板から)

堂に安置された角兵衛地蔵。

駅舎。

駅舎内部。
 

新潟方面から駅舎と廃線跡。展示している車輌が見えます。

上の画像で、車が写っている付近にある角兵衛獅子の像。


モハ10形11号
昭和8年(1933)、東京の日本車輌で製作され、平成11年(1999)の新潟交通電車線廃止まで主力で活躍していた旅客用車輌で、昭和41年(1966)に現在の車体に交換されています。この車体は昭和30年代を中心に日本車輌が各地の中小私鉄用に製作した統一規格のもので、通称「日本標準車体」と呼ばれています。定員は114名です。
(案内板から)

モワ51形51号
昭和8年(1933)、東京の日本車輌で製作され、昭和57年(1982)貨物輸送廃止まで肥料や米、野菜を積載した貨車の牽引にも活躍した電動貨車です。新製以来ほとんど改造されず、昭和初期の電車を今に伝える車輌です。貨物輸送廃止後はラッセル車を推進運転する除雪列車として活躍しました。車体中央の貨物室は10トン積です。
(案内板から)

キ100形116号
昭和7年(1932)、鉄道省の大宮工場で製作され、ラッセル装置付ディーゼル機関車が登場する以前の代表的なラッセル車です。かつては国鉄奥羽本線新庄駅常備の車輌でしたが、昭和43年(1968)5月に新潟交通が当時の国鉄から購入し、以来30年以上にわたり冬の鉄路で活躍しました。
(案内板から)

ラッセル(右)とモワ51型(左)の連結器で、これは「自動連結器」といいます。

ちょと、ラッセル側で解説します。
連結器の上にピンの頭が見えていて、そこから鉄のリングを介してL字型のような鉄棒が向こう側に伸びています。
向こう側の鉄棒の端を持ち上げて鉄棒の先端を持ち上げると、(画像から判断できると思いますが)連結器のピンが上に引っ張られます。
すると、グーのような形になっている連結器がパーのように開き、連結が開放されるんです。

手前の赤いコックはブレーキ用エアーコックです。コックの左側にはゴム管が伸びていますが、その先にはホース同士を連結する器具が付いています。車輌を連結して列車に組成する時にはその器具で車輌のホース同士をつなぎ、コックを開けます。そうすると各車輌にエアーを送ることが出来るわけですが、機関車の運転台でそのエアーの圧力を調節してブレーキを作動させるんです。
列車を各車輌に分解するときには、コックを閉めてゴム管同士を切り離し、連結器を解放します。

ラッセル車を写します。

先頭。
先頭にも連結器が付いていますが、ゴム管や連結器のピンを開放するための鉄棒は付いていません。
ピンはありますので、直接ピンを引き上げることによって連結器を開放することは出来ます。
ちなみに、両脇についているフックのようなものは、尾灯を取り付けるものです。
列車として運転する場合、最後尾の車輌には尾灯を付けるんです。

ラッセル車の運転台。

ラッセル車内部。向こう側が運転台です。

燕方面から駅舎方向。

上の画像を写したところで振り返って、燕方向の画像。

上の画像を写したところにある、「越後獅子の唄」の歌碑。
画像右下に写っているボタンを押すと美空ひばりの越後獅子の唄が流れます。