【 玉造稲荷神社 】

玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)は、大阪市中央区にある神社で、旧社格は府社です。

難波宮跡を見学したあと、徒歩で玉造稲荷神社に向かい、その後、森ノ宮遺跡からの出土品を展示した遺跡展示室がある「森ノ宮ピロティホール(大阪市中央区森ノ宮中央にある多目的ホール)」に徒歩で行きました。
しかし、森ノ宮ピロティホールは公開していませんでした・・・・。

(2010年11月22日)
 
11:58頃、神社の入口に着きました。
参道です。
別に作ったと思われる神社名板が貼り付けてあります。
拝殿です。
拝殿と本殿です。
上の画像の右側。
12:18頃、森ノ宮ピロティホールに、
着きましたが・・・・、
公開していませんでした。

OSAKA−INFOのサイトのモデルコース「昔々、大阪は海だった! 上町台地で古代への旅」を参考にしたのですが、、次の解説があったものの、そのようなことは書いてありませんでした。(2010年12月8日現在)
そのうちに直してくれるかもしれませんね。

森之宮遺跡
玉造稲荷神社から坂道を降りて10分あまり。更にグーンと時代を遡り、到着したのは縄文時代。アピオ大阪内・森之宮ピロティホールの地下1階には、森ノ宮遺跡の展示室がある。調査によると、ここ森之宮に人が住み始めたのは、縄文中期の約5000年前! 昭和49年〜50年頃、このホールの建設に伴う第三次調査の際、人骨が発見されたことから、ここには「森ノ宮人第1号」の人骨や石器、土器などが展示されているのだ。大阪人のルーツともいえる「森ノ宮人第1号」は148センチくらいの女性で推定30代だそう。
森ノ宮ピロティホールの前、日生球場跡・・・。

帰宅後ネットで確認したら、通称「日生球場」(にっせいきゅうじょう)、日本生命球場(にほんせいめいきゅうじょう)は、大阪市中央区にあった野球場で、日本生命保険が所有し子会社の鞄本生命球場が運営していたんだそうです。
13:05頃、どこの駅だったか忘れてしまいましたが、南海電鉄南海線の「なんば〜関西空港」を結ぶ「特急ラピート」が通過していきました。
ユニークな形です。

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