【 筑後川昇開橋 】

筑後川昇開橋を訪問しました。

筑後川昇開橋は、旧国鉄佐賀線の鉄橋として昭和10年5月に竣工しました。
急流の中で船の航行を容易にするために昇降式可動橋を取り込んで設計されている点に特色があります。
この昇降式可動橋は全体で約507mあり、鉄塔の高さは約30m、可動桁の長さは約24mで東洋一の規模を誇り、さらに現存する可動橋としては最古のものといわれています。
開通以来、この鉄橋は沿線の地域や住民に故郷のシンボルとして格別の愛着を持って親しまれてきましたが、佐賀線は昭和57年の国鉄第二次廃止対象路線となり、昭和62年3月に廃止になりました。佐賀線の廃止とともに鉄道橋としての使命を終えるところとなりました。
その後地域住民等の保存運動が実り、平成8年4月に(財)筑後川昇開橋観光財団が設立され、遊歩道として生まれ変わりました。
また、平成8年12月に国の登録文化財の第一陣に登録され、さらに平成15年5月30日に技術的に優秀かつ歴史的に価値が高いとの理由により、国指定重要文化財に指定されました。(現地にあった案内板から)

2008年8月19日訪問
 
昭和60年頃の昇開橋
昭和60年頃の昇開橋と気動車(現地にあった案内板から)。
昭和13年頃の昇開橋
昭和13年頃の昇開橋と大型汽船(現地に合った案内板から)。
筑後川左岸は大川市で、筑後若津駅跡地が筑後川昇開橋展望公園として整備されている。
筑後若津駅跡地から伸びる遊歩道を進みます。向こうに赤い鉄塔が見えています。
筑後川昇開橋の概要

実施設計:昭和8年(1933)、完成年月日:昭和10年(1935)5月25日、廃止年月日:昭和62年(1987)3月27日、鉄道橋の全長:507m、橋脚の深さ:約15m〜18m、可動橋の長さ:約26m、可動橋の移動高さ:約23m、可動橋の自重:約48t、可動橋の昇降時間:約5分 

可動桁は9・10・11・12・13・14・15・16時に降下し、それぞれその35分後に上昇するので、通行可能時間は降下している間だけです。従って16:35以降〜翌朝9:00は通行できません。 (8月19日現在)
鉄塔部分。
筑後川昇開橋
当日昇開橋を訪れたのは17:30頃であり、通常だと公開時間は終わり可動橋は上がった状態になっているところです。ところが、当日はまだ係りの人がいて可動橋も下がっていました。
伺ってみたら「市役所の人が視察に来ているため」だそうでした。いずれにしてもラッキーです!。
可動橋の手前にある赤い鉄骨は、バランサー(つりあい装置)の「ウェイト」から歩行者を保護するためのものだそうです。もちろん列車が走っていた頃は存在しません。
市役所の視察も終わり、可動橋を上げるボタンが押されました。
おぉ!、
可動橋が
少しずつ
上がって
行きます。
向こう側には市役所の人たち。ちなみに、向こう岸(右岸側)は佐賀市です。
可動橋が上がるのに合わせて、バランサー(つりあい装置)のウェイト(おもり)が降りてきます。

可動橋の主な構造は、鉄塔の高さ約30m、可動桁の自重約48t、約20tのウェイトが両側の鉄塔に下がっています。
外見は出来ませんが、機械室側(こちら、左岸側です)の20tのウェイトの中に約8tの補助ウェイトが入っています。48tの可動桁が動き出す時、20tウェイト2個と8tの補助ウェイトを組み合わせ、モーターに負担をかけないようにしています。
また、平衡ワイヤーにより左右のバランスをとり、強風にも耐え得る構造になっています。
(係りの人に頂いたパンフレットから)
おもりが下まで下がって、可動橋は最上部まで上がりました。
「良いものが見れてラッキーだった!」と心の中で叫びつつ、筑後若津駅跡地方向に戻ります。
これから、昇開橋の外観を写しに行きます。


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