【 燈明崎 】

和歌山県太地町の燈明崎(とうみょうざき)は、日本で最初の「鯨油を使った行灯式灯台」が建った場所だそうです。
また、「続日本紀」によると、遣唐副使だった吉備真備(きびのまきび)が漂流した地と伝わっていて、現地には真備の漂流碑が建っています。

現地には山見台や狼煙場などが復元されていて、往時の賑わいを想像することができました。

(2011年6月25日訪問)
 
17:51頃、ここから遊歩道を進んで燈明埼へ向かいます。
遊歩道に入ってすぐの左側に建つ、「吉備真備漂着之地」の石碑です。
碑の由来を解説した案内板です。
先に進みます。
上の画像を写した所で、振り返って写した、遊歩道の入口方向です。
「吉備真備漂着之地の石碑」は白い板状のものが写っている所です。
17:55頃、遊歩道の右側に、「古式捕鯨支度部屋跡」がありました。
遊歩道の終端に、復元されたた山見台がありました。
山見台は、回遊するくじらを見張る詰め所で、山見相互間の連絡や海上の勢子船に指示を出すなど、捕鯨を行う上で重要な役目をもっていたそうです。
山見台を背にして、御崎神社(みさきじんじゃ)です。
この画像右下のは、
「三熊野のうた」の碑ですが、私は聞いたことがない歌です。
狼煙場を復元したものだと想像します。
狼煙場の案内板です。
復元された燈明台です。
燈明台の案内板です。
4つ上の画像に写っている石段の上から写した燈明台です。
上の画像を写した場所で右を向いて写しました。
上の画像を写した場所で右を向いて写しました。
復元されたた山見台の背面です。
上の画像を写した場所で右を向いて写しました。
上の画像4枚のところ、ぐるっと映しました。
改めて、太地町のくじらの博物館などがある方向だと思います。
上の画像の右側です。
上の画像の右側です。
上の画像の右側です。

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