【 塩殿発電所取水口跡 】

2002年に塩殿発電所跡を見に行きました。
水槽に流れ込んでいる水路トンネルを見た時「この水はどこから来ていたんだろう?」と思ったのでした。

その後それを突きとめようとしたわけでもなく、時が過ぎていました。

先日当市の歴史を書いた冊子の中に「塩殿発電所取水跡」が記されているのを見つけました。
その場所にはいくつかの穴が開いていて、私も以前から「なんだろう」と思いながら見ていたのでした。
その場所のことを地域の人に尋ねたら「水路の跡だ」というお答えでしたが、その時は塩殿発電所の名前は出てきませんでした。
今、その絵図と「水路の跡だ」というお答えが結びついたように思います。

ただ、現地付近には2系統の水路跡があるようで、どちらが発電所関連なのかは不明です。

良かったら塩殿発電所跡 <建屋跡> / 塩殿発電所 建設の経緯も参考にしてください。


(2017年12月6日)


上で「現地付近には2系統の水路跡があるようで」と書きましたが、2019年4月6日に細島地区の方から、「発電所の水路トンネルは外からは見えないのではないか。壁面に開いている穴や水路跡のように見えるトンネルは、昔漁業(鮭漁)に使っていたもの(そのトンネルの中を漁師が移動したとのこと)だと思う。」とのお話を伺いました。
初めて耳にする話であり、とても興味深いものでした。
(2019年4月6日)


虫えい
「塩殿発電所取水跡」が記された絵図です。

小千谷市文化財協会 平成元年度「街道を歩く会」岩沢川井方面略図 6月26日
(小千谷文化 第116号 P47)

新潟県道196号を岩沢地区から川井地区に向かって、真皿集落の入口辺りから対岸方向を写しました。

少しズームです。

さらにズームです。
自然にできたもののようにも見えますが、同じくらいの高さに、いくつかの穴が見えます。
 

少し場所を移動して、同様方向です。

上の画像を写した場所で、ズームで写しました。

上の画像の右側です。

上の画像の右側です。

上の画像の右側です。

上の画像の右側です。
今までのところは自然に開いた穴のようにも見えますし、人工的に掘ったもののようにも見えます。
穴の位置(高さ)がほぼ揃っているように見えます。

上の画像の右側です。
この場所は人工的に削ったように見えます。


私は上の画像の場所を2000年に川面から写していたのですが、それがこの画像です。
画像の右側には明らかに人工的な工作物が確認できます。

一番上に表示した絵図も、この地形を表したように描かれていましたね。
ということは、ここが塩殿発電所の取水口跡なのでしょうか・・・?。


ちなみにこの画像はゴムボートで魚沼橋から妙見堰まで、信濃川を下った時のものです。


場所を移動して真皿地区の対岸、細島地区に来ました。

川井大橋が架橋されるまで細島地区と真皿地区は渡し船で結ばれていましたが、その乗り場にはここを通って行きました。

ちょっと驚きましたが、グーグルの地図に渡船場の位置が記されていました。

細島側の渡船場があった場所から少し上流に歩いてみました。
すると、信濃川沿いの崖に穴がありました。

水路トンネルのように見えます。

上の画像から少し離れたところにもこのような穴が・・・。

これと上の画像の穴は川面より2〜3mほど高い位置にありますから、5つ上・6つ上の画像の位置から取水したとすれば、この位置には流れないと思います。

 


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