矢放社にある石碑
山谷地区の矢放社境内にある石碑です。
矢放社の祭神等についてはこちらをご覧ください → 矢放社(やはなちしゃ)
(令和2年11月18日)
新潟県小千谷市の南端に位置する岩沢の紹介です。
山谷地区の矢放社境内にある石碑です。
矢放社の祭神等についてはこちらをご覧ください → 矢放社(やはなちしゃ)
(令和2年11月18日)
矢放社(やはなちしゃ)の鳥居に向かって、鳥居の右側に「二十三夜塔」、その右側に石碑群があります。
「二十三夜塔」です。
石碑群です。
矢放社の石碑群、背面です。
矢放社の石碑群、別角度です。
上の画像を写した場所の反対側に来て写しました。
8つの石碑が3区画に分けられて安置されています。
向かって左側の区画には4つの石碑があります。
右側から順にみていきます。
一番右側の石碑には「道祖神」と刻まれています。
右から2番目は「湯殿山」です。
右から3番目は像が彫ってあるように見えますが、何なのかは不明です。
右から4番目(左端)は珍しい形状のように思いますが、何なのか不明です。
中央の区画には庚申塔だけが建っています。
「庚申塔」の文字の上のは梵字だと想像します。
「ウン」でしょうか・・・。
ウィキペディアでは「青面金剛(しょうめんこんごう)は、日本仏教における信仰対象の1つ。青面金剛明王とも呼ばれる。夜叉神である。
インド由来の仏教尊像ではなく、中国の道教思想に由来し、日本の民間信仰である庚申信仰の中で独自に発展した尊像である。庚申講の本尊として知られ、三尸(さんし)を押さえる神とされる。」と解説しています。
青面金剛の梵字がのようです。
向かって右側のブロックには、3つの石碑があります。
右側から見ていきます。
右側は、立像で合掌しているところから、千手観音を表しているのではないでしょうか・・・。
中央のは「如意輪観音」だと思います。
左側の石には何も刻んでいないように見えます。
場所を移動します。
社殿に向かって右側、この画像右側の葉が茶色になった木の背後に石碑があります。
近づいて写しました。
上の画像右下に写っている、この石碑には「稲荷大明神」と刻まれているように見えます。
こちらは「故陸軍歩兵伍長 勲八等功七級 大渕榮吉碑」とあります。
戦死なさった方なのでしょうね。