以前のつぶやき




平成30年に亡くなった母親が可愛がっていたセキセイインコ、名前は「ちょん」です。

セキセイインコの寿命について、ウィキペディアでは「平均7~8年と言われるが、健康管理に気をつけると13~15年生きる。」と解説しています。
ちょんは約14年生きているようです。

食欲はありますがすっかり弱ってしまって、餌を啄みながらも目を閉じてしまうことも・・・。 

(2020年4月21日)

ちょんは足腰も弱ってしまったようで、止まり木を移動するのも不自由しています。

人間もつかまり歩きすることがあるように、くちばしで体を支えながら動くこともあります。

生命力は見習わなければ・・・。 

(2020年4月21日)

母親の姉が滋賀県に住んでいます。

5人いた兄弟姉妹も、数年前から母親と姉だけになっていたところであり、どちらからともなく電話連絡をしあっていました。
「高齢だから、どっちが先に逝っても葬儀には行けないね。」というのが二人の了解事項だった。

数年前母親に、米寿祝いの前倒しで滋賀県に行ってみないかと提案したのですが、実現しないまま亡くなってしまった。

母親が亡くなってからほぼ1年・・・、先日、クルマに遺影を載せて滋賀県の伯母さん宅を訪問しました。

(2019年6月19日)

 

令和元年 国旗を掲揚する

今日5月1日から新しい御代、令和です! これを機会に国旗を購入し、祝日に掲揚することにしました。

私が子供の頃には我が家にも国旗があって、祝日に挙げていたのにいつの間にかやらなくなっていました。

その原因は分かりません。
小学校の3・4年生の時の担任が共産党員の先生で「祝日にも国旗を揚げなくてもよい」という指導を受けてきた(丸山久明先生の思い出)ところですが、それが影響していたのかどうか・・・?
その教師による共産主義の洗脳はずいぶん前に解けていたけれど、国旗の購入・掲揚はその後もしていなかった。

遅ればせながら、御代替わりを機会に購入し、「昭和の日」「退位の日」そして今日「即位の日」と挙げています。

(2019年5月1日)

 

今日は秀吉じいちゃんの祥月命日です。

これは56年ほど前の写真で、この時祖父は60才だと思う。なんと今の私より1つ若い・・・。
後ろの建物は旧岩沢村役場で、当時は小千谷市役所岩沢支所だった。木は、今もあって樽柿や干し柿に利用している、八珍柿の木です。

子供たちにはおっかない存在だったらしいけど、孫には優しいじいちゃんだった。
懐かしい・・・。 

(2019年1月22日)

 

外作業ができない冬の間は読書をしようと、先日図書館へ行って本を借りました。

駐車場について、貸出カードだけ持参すればいいので、車を降りる際カードだけポケットに入れて図書館へ向かいました。

本を選んで貸し出しカウンターへ行き「お願いします」とカードを出した時、受付係の人と私が一緒に発したのは「あ・・・」でした・・・。

車から降りる時、貸出カードだと思って手にしたのは薬局のポイントカードだったのです。
やはりボケているなと、情けないような悲しいような・・・。

(2019年1月8日)

 

もうすぐお盆なので、お墓の掃除をしました。

母親がご先祖様に仲間入りすることになったので、今回は特に念入りに行う必要があります。
事前に、墓石の周りに敷いてある小石を補充したり、墓石の土台部(石やコンクリートで出来ている)に付いた苔も落としました。
また、周囲の雑草は除草剤で処理しておきました。

ご先祖様も喜んで迎えてくれると思います。

(2018年8月7日)

 

今日は父親の祥月命日でした。

仏壇には妹が持参してくれた果物と、スーパーで買ったぼた餅・バナナと、自家栽培のイチゴと、一昨年母親が栽培したササゲでぜんざいを作って供えました。

また、 父親が元気だったころ耕していて、その後錦鯉の飼育に使った山の田んぼに行ってみました。毎日ヤマハメイトでエサやりに通った場所です。
長い間放っておいたためにジャングルのようになっていたのですが、数年前に雑木や草を刈って、ナラ・山栗・クルミなどを植えました。
雪にやられて思うように育ちませんが・・・。

その場所に、自然に生えた1本のヤナギがあります。
父親が甥っ子と一緒にカブトムシやクワガタを捕った木なのです。
40年ほど前の、当時はもっと小さかったわけですが、そこに行くたびに見上げます。

(2018年6月8日)

 

今日は弟の孝二の誕生日・命日でした。

昭和34年3月23日のこと、死産だったそうです。
回出(くりだし)位牌はありますが名前は無かったわけで、昨年「孝二」と呼ぶことにしました。
父親の名前の一文字をもらって、2番目の息子だったから「孝二」です。

しかしそんなことを言っても、それまではそういう兄弟がいたことは聞いていたものの、普段はあまり気にも留めていなかった・・・。

今年は「ずんだおはぎ」と「お稲荷さん」と「蕎麦粉クッキー」を供えました。

(2018年3月23日)



この冬は大雪で、一時は積雪が3mを超えました。

彼岸の入りになって、お墓も雪に埋もれているのではないかと思いながら現地に行ってみると、上部が30センチくらい出ていました。
ご先祖様には申し訳ないのですが、墓石の下の方まで掘り出すことは出来ませんでした。

ロウソクと線香をあげて「ごめんね」と・・・。

(2018年3月18日)



この季節の雪は湿っていて、気温が氷点下になると表面が固く凍って、歩けるようになります。
そうなった雪原を歩き回ることを「凍み渡り(しみわたり)」と呼んで、子供の頃はソリ遊びなどをしたものです。

昨日の朝もそのようになっていたので、思い立って、30分くらい凍み渡りをしました。
そのような朝ですから空気は冷たいのですが、陽射しはあって心地よい一時です。

歩いているところをYoutubeにアップしました。

凍み渡り

(2018年2月28日)

今日は39年前に49歳で亡くなった父親の誕生日です。
甘いものが好きだったので、仏前にケーキと大福とバナナと菓子パンを供えました。

右の写真は昔当地区にあった青年会での写真です。お祭りの時に会の皆で写したもののようで、一部を切り取りました。
20歳くらいなのでしょうか・・・、はっきりしませんがなかなかの好青年だと思いませんか?。

(2018年1月31日)

祖父が亡くなって39年経ちます。
頑固者で、酒が好きで、涙もろいお爺さんだったという印象です。若い頃がどうだったかはよくわかりませんが・・・。
そんなわけで酒を供えて、一緒に一杯飲みました。

(2018年1月22日)

フレンチトーストは好きな食べ物の範疇ですが、その割に口にする機会があまりありません。
スーパーなどで買い物かごに商品を入れれば、簡単に食べられるのに・・・。

何となく、先日自分で作ってみましたが、 ふわふわ・しっとりで思いがけず美味しくできました!。(少し焦げてしまいましたが・・・)
牛乳の入れ具合で自分好みのものが作れそうで、良いかもしれません。

(2017年12月6日)

父親の祥月命日、いままで母親に任せっきりでした。
今年は母親が供養できないので、代わりにその真似事をしましたが、納得してくれたかな・・・。
いや、今まで何もしなかったので怒っているカモ・・・。

詳しくは父親の祥月命日でどうぞ。

(2017年6月8日)

--- 抒情歌 埴生の宿 ---
埴生の宿も 我が宿 玉の装い 羨まじ
のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友
おお 我が宿よ たのしとも たのもしや

「埴生の宿」は、「土の上にむしろを敷いて寝るような粗末な小屋。また、赤土を塗ってつくった小屋ともいう。みすぼらしい家。」のことですね。

我が埴生の宿も、春や秋は言うまでもなく歌の文句のようなのですが、冬は隙間風が吹き荒れてけっこう厳しいのです。

それでも、親が残してくれた「楽しく 頼もしい」、かけがえのない我が家なのです。

(画像は昭和47年2月20日のもの、家と父母・祖父母が頼もしい!。)

(2017年1月22日)

今年は祖母の33回忌の年で、先日その日を迎えました。

法要はお寺さんに相談したうえで、数年前に父と祖父と一緒にやらせてもらっていました。身内だけのささやかなものです。
ですから、今回の祥月命日には祖母が好きだったインスタントラーメンとシチューを作って供え、これまた好きだったアンパンとぼた餅といなり寿司も用意しました。
貧しい時代の人だったから、インスタントラーメンさえご馳走だったわけで、それを食べながら「うんめぇのぉ(美味しいね)」と言っていたのを思い出します。それらのものは父も祖父も好きだったな・・・。
仏壇の前で、皆で食べました。
(2016年11月26日)
とても久しぶりに、3歳くらいの時の写真を見ました。
60年近く経っているのですから当然かもしれませんが、「いつの時代の人なの?。」という感じ・・・。
以前、NHKのTV番組(敗戦後のことを取り上げた番組)の予告で「当時の人達は今では考えられないような生活をしていました。」というナレーションを聞きましたが、正にそんな思いです。
(2016年11月7日)
さつま芋、落花生、大豆、里芋・・・、今年もいろんなものを植えましたが、それらも収穫にこぎつけました。
雪国の当地では豊作かどうかもさることながら、時雨れる前に農作業を終えてしまいたいというのがあります。
特に落花生や大豆などは乾燥・脱穀などの後工程があるので余計に気になるところですが、ホッとしています ^^;)。
畑に残っているのは大根とネギくらいかな・・・。(2016年11月3日)
昨年まで母親がやっていた里芋栽培、今年初めてやってみました。
で、今日試し掘りをして、里芋の煮っころがしを作りましたが、とても美味しい!。
(2016年10月15日)
美味しいイチジクを食べたかったら自家栽培すべし!。
数年前からイチジクの木を植えていて、毎年この時期に美味しいイチジクを食べています。
生食になりにくい品種はジャムにしていますが、たくさん採れたので沢山のジャムを作りました。
これまでに煮込んだイチジクの総量は、およそ8.5Kgです。
ジャムを買いたいという方、要相談です・・・。(2016年10月13日)
最近よく病院に行きます。
当然と言えばその通りなのですが、看護の仕方や患者・家族への対応って、病院によって違うものなんだとは思います。
しかし、それにしても、同じ系列の病院なのに・・・。(2016年9月28日)

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