ダグラス・マレー著「西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム」や飯山陽著「イスラム教再考」を読んだりネット情報などを見ると、移民を入れることには賛成できないし、グローバリズムにも賛成できません。
また、門田隆将著「日中友好侵略史」やクライブ・ハミルトン著「目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画」や喬良・王湘穂著超限戦―21世紀の「新しい戦争」を読むと中国にとって、移民も戦争の一形態であることが理解できます。
そうしたことを踏まえると軍事的な国防は当然である一方で、移民も防がなければならないと考えます。
一介の少国民である私も、出来る範囲で声を上げなければいけないと思い、知人等との会話でもそのような話を振ることがあります。
令和6年元旦に開催された町内の年賀会(60名ほどの方が参加しました)では、町内会役員をやっている関係で、閉会の挨拶を担当することになったので、以下のような要旨で問題提起をさせてもらいました。
賛同してくれる人は居ないかもしれないと思っていたのですが、3~4名の方からは好意的な感想をいただきました。
新年おめでとうございます。
海外では戦火の中で新しい年を迎えた国もあるところですが、わが日本は今年も平和な新年を迎えることができました。
来年も再来年もその先もずっとそうあって欲しいと願うところですが、それは可能なのでしょうか? 日本には憲法9条があるから大丈夫だという人がいますが、本当ですか?
軍事侵攻を受けなかったにしても、例えば移民問題ですが、移民先進国であるヨーロッパの状況を踏まえると、我が国も考えなしに移民を受け入れたら、遠くない将来、日本列島に日本人の居場所がなくなるだろうと想像しているのですが、そういう心配は不要でしょうか?
埼玉県ではクルド人問題が起こり、大分県ではイスラム教徒の団体が土葬用の土地を求めて問題になっているそうです。また、各地でこれまでは考えられなかったような外国人犯罪も増えているようですし、中国人などが土地買っているようです。
ですから「移民問題なんて町内活動には関係ない」ではなく、移民によって我々の地域社会がどうなるのか日本の国柄がどうなるのか、情報を得て考え、話し合うことは町内会レベルでも必要な時期に来ていると思うのですがいかがでしょうか。
そんな問題提起をさせていただき、同時に「桂町内に集う我々は今年一年も皆で仲良く暮らして行きましょう」と申し上げて閉会の挨拶にさせていただきます。
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